高校/文化
1450
グーテンベルクが活版印刷術を実用化する
ヨハネス=グーテンベルク(ドイツの金属加工職人・印刷業者)
語呂
覚え方
いよ、これ(1450)活版印刷術
いよこれ(1450)活版印刷術
1450年ごろ、ドイツのマインツで金属加工を生業としていたヨハネス=グーテンベルクは、可動式の金属活字・印刷機・油性インクを組み合わせた活版印刷術を実用化しました。それまでヨーロッパの書物は修道士らが手で書き写す「写本」として作られており、一冊あたり膨大な時間と費用がかかるため、ごく一部の聖職者や貴族しか手にすることができませんでした。印刷術の実用化によって書物の大量生産が可能になり、知識・情報の普及速度は劇的に変わりました。グーテンベルクが手がけた代表作「グーテンベルク聖書(42行聖書)」は1455年ごろに完成し、活版印刷の技術的完成度の高さを示すものとして今日でも評価されています。この技術革新はルネサンス・宗教改革・科学革命を情報の面から支えた基盤となり、世界史上「もっとも影響力のある発明の一つ」と称されることも少なくありません。
この記事のポイント
- 1450年ごろ、ドイツ・マインツのグーテンベルクが活版印刷術(可動式金属活字・印刷機・油性インク)を実用化
- それまでの写本に比べ書物の大量生産が可能になり、知識の普及速度が飛躍的に向上した
- 代表作「グーテンベルク聖書(42行聖書)」は1455年ごろ完成。現存部数から当時の印刷規模が推測できる
- 活版印刷はルネサンスの三大改良(火薬・羅針盤・活版印刷)の一つに数えられ、中国等の技術をヨーロッパで改良・普及させたもの
- 宗教改革(1517年)ではルターの主張やドイツ語聖書が印刷・普及し、活版印刷が果たした役割は決定的だった
ここが面白い「知識は一部の人間だけのもの」だった時代に終止符を打ったのが、一人の職人による印刷機の発明だった。書物が大量生産できるようになった瞬間、ヨーロッパの歴史は静かに、しかし決定的に動き出した。
グーテンベルクの活版印刷術は突然生まれたわけではありません。印刷の概念自体はすでに東アジアに存在していましたが、ヨーロッパ独自の条件と職人の技術的工夫が重なることで、世界史を変える発明へと結実しました。
印刷技術の先行事例——中国・韓国での発明
活字を使った印刷技術は、中国では北宋時代の職人畢昇(ひっしょう)が11世紀ごろに陶製活字を考案したとされます。金属活字は13〜14世紀の高麗(現在の韓国)でも使われたという記録があります。グーテンベルクの発明は「世界初の活字印刷」ではなく、「ヨーロッパにおける実用的な金属活字印刷の確立」という位置づけが正確です。
グーテンベルクの三つの工夫
グーテンベルクが活版印刷術を実用化できた要因は、主に三点に整理できます。第一に、鉛・錫・アンチモンの合金による耐久性の高い金属活字の鋳造技術。第二に、当時のワイン絞り機を改良したスクリュー式印刷機。第三に、紙や羊皮紙に均一に定着する油性インクの調合です。これら三要素を組み合わせたことで、安定した品質での大量印刷が初めて可能になりました。
グーテンベルク聖書(42行聖書)の完成
グーテンベルクが活版印刷で手がけた最も著名な成果が、1455年ごろに完成したラテン語聖書です。各ページが42行で組まれていることから「42行聖書」とも呼ばれます。当時の写本と見まがうほど美しい組版が特徴で、印刷部数は150〜180部程度だったと推定されています。現在も各国の図書館・博物館に約50部前後が現存しており、グーテンベルク印刷術の証拠として大切に保存されています。
知識の「民主化」とその広がり
活版印刷の普及により、書物の価格は急速に低下しました。15世紀末までにヨーロッパ各地に印刷所が相次いで設立され、1500年までに印刷された書物(インキュナブラ)は数百万部に達したと推定されています。それまで貴族・聖職者に限られていた知識が、商人・市民・学生にも届くようになり、ルネサンスの知的運動を加速させる情報インフラとなりました。
可動式金属活字による大量印刷の実現
≒ デジタルコンテンツのコピーが瞬時に広まる仕組みの原点活字を組み替えてさまざまなページを印刷できる可動式活字は、同じ内容を何度でも正確に複製できるという革新をもたらした。写本一冊分の労力で、数百部を生産することが可能になった。
書物の価格破壊と知識の普及
≒ 情報格差の是正——誰でも本を買えるようになった原点印刷技術の普及により書物の価格が劇的に下がり、従来は修道院や宮廷にしかなかった書物が、商人・学生・一般市民の手にも届くようになった。これが近代的な「読書社会」の出発点となった。
宗教改革・科学革命の情報インフラ
≒ SNSが社会運動を加速させるのと同じ構造ルターの「95か条の論題」や、コペルニクス・ガリレオらの著作は、活版印刷によって短期間に大量に複製・流通した。印刷術がなければ宗教改革も科学革命も、あれほど短期間に広大な地域へ広まることはなかったと考えられている。
1040中国での活字発明(伝)北宋の職人・畢昇が陶製の活字を考案したとされる(『夢渓筆談』の記録)。
1234高麗での金属活字(伝)朝鮮半島の高麗でも金属活字による印刷が行われたとする記録が残る。
1398グーテンベルク誕生(推定)ヨハネス=グーテンベルク、ドイツのマインツで生まれる(生年には諸説あり、1395〜1400年ごろとされる)。
1448マインツに工房設立グーテンベルクが出資者ヨハン=フストとともにマインツに印刷工房を構える(時期には諸説あり)。
1450活版印刷術の実用化可動式金属活字・印刷機・油性インクを組み合わせた実用的な活版印刷術が完成したとされる年。年号には幅があり「1450年ごろ」というのが一般的な表記。
1455グーテンベルク聖書(42行聖書)完成活版印刷による最初期の大部作「42行聖書」が完成。美しい組版と均一な品質で、活版印刷の実用性を証明した。
1455フスト訴訟・工房喪失出資者のフストがグーテンベルクを訴え、グーテンベルクは印刷機・活字を失う。その後も印刷業を細々と続けたとされる。
1468グーテンベルク死去グーテンベルク、マインツにて死去。晩年は選帝侯から年金を受けていたとされる。
1500インキュナブラの普及ヨーロッパ全土に印刷所が広がり、1500年までに印刷された書物(インキュナブラ)は数百万部に上ったと推定される。
1517宗教改革へルターの「95か条の論題」が活版印刷で大量に複製・流通し、宗教改革の拡大に決定的な役割を果たす。
◎書物の大量生産・低コスト化が実現し、知識が聖職者・貴族の独占物から広く市民に開かれるものへと変わった。ルネサンス・宗教改革・科学革命を情報の面で支え、近代ヨーロッパ社会の知的基盤を形成した。
△活版印刷の「発明者」をグーテンベルク一人に帰する見方は、東アジアの先行技術を無視する側面がある。正確には「ヨーロッパにおける実用的な金属活字印刷の確立者」。また実用化の年号「1450年」には幅があり、「1450年ごろ」と表現するのが適切。グーテンベルク自身は工房を失って晩年は貧しく、商業的に成功したのは後継の印刷業者たちだった。
ヨハネス=グーテンベルク
ドイツ・マインツの金属加工職人・印刷業者(1398?〜1468年)可動式金属活字・印刷機・油性インクを組み合わせた活版印刷術を実用化した。「グーテンベルク聖書」を完成させるも、出資者との訴訟で工房を失い、晩年は地元の選帝侯から年金を受けて過ごしたとされる。
ヨハン=フスト
マインツの実業家・グーテンベルクへの出資者グーテンベルクに資金を提供した商人。後に訴訟を起こしてグーテンベルクから印刷所と器具を取り上げ、自らも印刷業を展開した。
ペーター=シェーファー
フストの義理の息子・印刷工フストとともにグーテンベルクの技術を引き継ぎ、印刷所を発展させた。活版印刷術の普及に貢献した人物の一人として挙げられる。
マルティン=ルター
宗教改革者(1483〜1546年)1517年に「95か条の論題」を発表し宗教改革を主導した。この論題や著作・ドイツ語訳聖書が活版印刷によって大量に複製・流通し、改革運動の急速な拡大を可能にした。
- 活版印刷術
- 活字(文字の形に鋳造した金属製の型)を組み合わせてページを構成し、インクをつけて紙に転写する印刷方式。可動式活字を用いるため、内容ごとに活字を組み直せる。
- 可動式金属活字
- 個々の文字や記号を一つひとつ金属で鋳造した活字。並べ替えて何度でも異なる文章を組むことができる。グーテンベルクは鉛・錫・アンチモンの合金を用いた。
- グーテンベルク聖書(42行聖書)
- グーテンベルクが1455年ごろに活版印刷で完成させたラテン語聖書。各ページ42行で組まれることから「42行聖書」とも呼ばれる。現存約50部が世界各地に保存されている。
- インキュナブラ
- ラテン語で「揺りかご」を意味する語から転じて、1500年以前に活版印刷で刷られた初期の印刷物を指す。ヨーロッパ各地の図書館に現存し、印刷術普及の様子を伝えている。
- ルネサンスの三大改良
- 火薬・羅針盤・活版印刷の三つを指す。いずれも起源は中国など東アジアにあるとされ、ヨーロッパで改良・実用化されて近代化を加速させた技術として世界史の授業でよく取り上げられる。
1グーテンベルク聖書は現在約50部が現存
印刷当時の部数は150〜180部ほどだったと推定されているが、現在も世界各地の図書館・博物館に約50部前後が残されており、定期的にオークションにかけられることもある。2015年のオークションでは一葉(一ページ)だけで数百万円以上の値がついた例もある。
2グーテンベルク自身は工房を失って晩年は貧しかった
出資者のヨハン=フストとの訴訟に敗れたグーテンベルクは、完成した印刷機・活字・書物の大部分を失った。後に地元マインツの選帝侯から年金を与えられたものの、活版印刷術で莫大な利益を得たのは後継の印刷業者たちであり、発明者本人の晩年は決して豊かではなかった。
3ルターの「95か条の論題」は2週間でドイツ全土に広まった
1517年にルターが発表した「95か条の論題」は、活版印刷によって複製され、2週間程度でドイツ全土に、数か月後にはヨーロッパ中に届いたとされる。それ以前であれば同じ主張が短期間でこれほど広まることはなかった。宗教改革の拡大と印刷術の関係は、現代のSNSと社会運動の関係に例えられることがある。
4活字印刷の起源は中国・朝鮮にある
活字を使った印刷の発想は、11世紀中国の職人・畢昇による陶製活字の考案、13〜14世紀高麗の金属活字など、東アジアに先行例がある。グーテンベルクがこれらの技術を直接知っていたかは不明だが、世界史の文脈では「東アジアで発明され、ヨーロッパで実用化・普及した技術の一つ」として位置づけられることが多い。
5印刷術がなければ宗教改革はなかった——とも言われる
歴史家のエリザベス=アイゼンスタインは著書『印刷革命』(1979年)の中で、活版印刷こそが宗教改革・科学革命の前提条件だったと論じた。この主張は後の研究者に広く受け入れられており、活版印刷を「15世紀の情報革命」と呼ぶ表現が定着している。

ここが出る博士のワンポイント
年号は1450年ごろ。語呂は「いよ、これ(1450)活版印刷術」。
実用化したのはドイツ・マインツのヨハネス=グーテンベルク(金属加工職人)。
三要素:可動式金属活字・スクリュー式印刷機・油性インクの組み合わせ。
代表作は「グーテンベルク聖書(42行聖書)」(1455年ごろ完成)。
ルネサンスの三大改良(火薬・羅針盤・活版印刷)の一つ。起源は中国等にあり、ヨーロッパで改良・普及。
宗教改革(1517年・ルター)や科学革命の情報的基盤として世界史上きわめて重要な技術。
related として宗教改革(1517-reformation)やコペルニクス(1543-copernicus)が問われることがある。
語呂クイズ
「いよ、これ(1450)活版印刷術」= グーテンベルクが活版印刷術を実用化するは西暦何年?
- Q. グーテンベルクは何を発明したのですか?
- A. 可動式金属活字・印刷機・油性インクを組み合わせた活版印刷術をヨーロッパで実用化しました。これにより書物の大量印刷が可能になりました。
- Q. 活版印刷術の「発明年」はなぜ「1450年ごろ」という表現なのですか?
- A. 実用化の時期を示す史料が限られており、「1450年」ちょうどという確証はありません。研究者によって1448〜1455年の間で見解が異なるため、「1450年ごろ」と幅を持たせた表現が一般的です。
- Q. 活字印刷は中国が先ではないのですか?
- A. そのとおりです。活字の概念は11世紀の中国(北宋)の畢昇が陶製活字を考案したとされ、金属活字は13〜14世紀の高麗でも使われました。グーテンベルクは「ヨーロッパにおける実用的な金属活字印刷の確立者」という位置づけが正確です。
- Q. 活版印刷術はなぜ宗教改革と結びつけられるのですか?
- A. 1517年にルターが発表した「95か条の論題」が活版印刷で大量に複製・流通し、短期間でヨーロッパ全土に広まったためです。印刷術がなければ改革の思想があれほど速く普及しなかったと考えられています。
- Q. グーテンベルク自身は印刷術で成功しましたか?
- A. 商業的には成功しませんでした。出資者のフストとの訴訟に敗れて工房を失い、晩年は選帝侯から年金を受けて暮らしたとされます。活版印刷で利益を得たのは後継の印刷業者たちでした。
グーテンベルクの活版印刷術は、「知識は一部の人間だけのもの」という中世的な情報独占を崩す契機となりました。可動式金属活字・印刷機・油性インクという三つの要素の組み合わせが実現した書物の大量生産は、ルネサンス・宗教改革・科学革命を情報の面から支える基盤となり、やがて近代ヨーロッパ社会の成立につながっていきます。ルネサンスの三大改良(火薬・羅針盤・活版印刷)の一つとして、また1517年の宗教改革の前提条件として、セットで押さえておくと世界史の流れがつかみやすくなります。「いよ、これ(1450)活版印刷術」の語呂とともに、知識の「民主化」の出発点として記憶に刻んでおきましょう。
編集メモ(ファクト)
活版印刷術の「実用化年」は1448〜1455年の間で諸説あるため、本文では「1450年ごろ」と幅を持たせた表現を用いた。
グーテンベルクを「活版印刷の発明者」と断定する表現は中国・高麗の先行技術を無視するため、「ヨーロッパにおける実用化」という表現に統一した。
グーテンベルクの生年(1395〜1400年ごろ)・印刷部数(150〜180部)・インキュナブラの現存数(約50部)はいずれも推定値であるため、本文では「とされる」「と推定される」という表現を用いた。
related は世界史サイト内の実在IDとして 1517-reformation・1543-copernicus を記載。存在しない場合は削除すること。
エリザベス=アイゼンスタイン『印刷革命』(1979年)への言及はトリビア欄に限定し、試験向けの本文では取り上げなかった。