「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

Oヤマト王権は、なぜ、どのように成立したか-カギは温暖化 Oヤマト王権は、なぜ、どのように成立したか-カギは温暖化

○この世をば わが世とぞ思う もち月の かけたることも なしと思えば―藤原道長

気候変動が、ヤマト王権をつくった

 わが国の弥生時代が、戦争の絶えない時代だったということは、「S弥生文明の成立が、日本にもたらしたもの」のページで述べた。

 

 日本の歴史において、長期にわたり国内が戦乱状態に置かれたのは、弥生時代と戦国時代だけである。

 

 上記ページに記したように、弥生時代の戦乱をもたらしたものは、まさに稲作や金属機器といった文明の産物である。

 

 農耕により、余剰資産を保持できるようになった日本人は、同時にその富を他者から奪うことも覚えたのだ。

 

 この点は、「A農耕、牧畜、言語の起源-文明の必然的産物は、どのように生まれたか」のページで述べたように、世界史における戦争の起源となんら変わることはない

 

 弥生時代とは複数の国々が、日本の覇権を求めて、相争った時代だった。

 

 ところが、4 〜 5 世紀にかけ日本における各地域の豪族たちが連合し5 世紀には日本の大部分を統合する王朝が興った

 

 これを、「ヤマト王権」と言う。

 

 戦乱の弥生時代が終焉し、ヤマト王権が成立した背景のひとつには、気候の温暖化が考えられる。

 

 まず、下記のグラフを見ていただきたい。

 

Oヤマト王権は、なぜ、どのように成立したか-カギは温暖化
各時代における、地球の気温変化を表すグラフ
借用元 http://ichijin.seesaa.net/article/390389887.html

 

 見てのとおりまだ弥生時代であった、紀元 200 年ごろは地球の気温が寒冷の最低辺だった。

 

 ところがそれ以後は地球の気温がどんどんと温暖になっていくのも、わかる

 

 たしかに、350 年ごろからは、再度、地球は冷えこんでいく。

 

 しかしそれ以前は 150 年間にわたり地球が温暖化していったことも、事実である

 

 これも「A農耕、牧畜、言語の起源-文明の必然的産物は、どのように生まれたか」で語ったことだが、そもそも人類が農業を始めた根因は気候の寒冷化により、仕方なく集団での食糧生産を、しなければならなくなったからである。

 

 よって寒冷化が進むほどに、食糧の生産や備蓄も減少していくであろうから当然に、その少ない糧食をめぐっての争いも、激しくなるであろう。

 

 この点こそ、〈原始国家〉ともいえる共同体が複数、成立した弥生時代の後期ほど戦乱の度合いがし烈になっていった理由でもある。

 

 またその事実は、かの有名な『魏志倭人伝』にも記されている。

 

 ところが気候が温暖化し、各地域における食糧の供給が安定してくれば逆にそれ以上、戦争をする理由が失われていく

 

 そうしたわけで、気温の上昇が見られる 4 世紀ごろから豪族たちは連立し、ついには〈ヤマト王権〉という統一王朝を築いたと考えられる。

 

ヤマト王朝の内実

 こうして現代の天皇制に通じる〈ヤマト王朝〉が成立した

 

 ところがこのヤマト王朝とは、他の国に典型的に見られる〈階級闘争史観〉が当てはまらないという点に、どうも特殊性があるようなのである。

 

 通常であれば、複数の原始共同体同士で争えば、その最終勝者は、全共同体を統べる“帝国”として君臨するのが、階級闘争史観による法則である。

 

 ところが日本におけるヤマト王朝とは、むしろ日本内の各国における和平の象徴として、登場した様子が見られるのである。

 

 よって当然に、ヤマト王朝の原理は“合議制”である。

 

 その根拠であるが、まずヤマト王朝発祥の地として、奈良県桜井市にある〈纒向遺跡(まきむくいせき)〉が、考えられている。

 

 この纒向遺跡には、日本全国の各地域からによる、土器や金属器などの産物が同時に納められているのである。

 

 くわえて重要なのは、〈古墳〉のあり方だ。

 

 そもそも古墳はなぜ造られるようになったか、現在の時点では明確な結論は出せないでいる。

 

 ところがやはり、もっとも説得力がある説は、世界各地の王墓がそうであるように、各地における豪族の威厳を示すものであったという説明だ。

 

 そしてこの古墳であるが、これは纒向遺跡後に造られたものは、大規模化し、かつ副葬品として、日本各地の生産物が備えられているという特徴がある。

 

 とくに天皇陵として築かれた、前方後円墳には、この特性が顕著に当てはまる。

 

Oヤマト王権は、なぜ、どのように成立したか-カギは温暖化
日本最大の前方後円墳、仁徳天皇陵
借用元 http://www.myfavorite.bz/kojimaya/pc/contents16.html

 

 このことから考えられることは、〈天皇〉とは各地域平定のため設定された、「平和の象徴」ではないかという点である。

 

 まず天皇とは、政治上の重要ポストにおける〈任命権〉という権限のみをもち、〈行政権〉という実力はもたない。

 

 またもちろん、天皇とは同時に宗教上の大権威である。

 

 このように“権威”と“権力”を分散させることにより、個人の独裁を防ごうというシステム、それが〈天皇制〉だと思われる。

 

 この〈ニ権分立〉という制度は、北方の遊牧・騎馬民族に目立って見られる体制である。

遊牧・騎馬民族の〈ニ権分立〉が、天皇制の原型か?

 その点については、「J魏晋南北朝時代の社会から見える、中国史の本質」のページにおける、「貴族社会に見られる、遊牧民族の二重支配体制」の章でくわしく述べたので、参考にしていただきたい。

 

 従来の史学においては、〈騎馬民族征服説〉という学説が流行した。

 

 これは、満州の騎馬民族が朝鮮半島を経て日本を征服し、〈大和朝廷〉をつくったというものだ。

 

 しかし天皇制の起源について、これまで述べた状況証拠から考えられるのは、以下の仮説である。

 

 まず、たしかに日本には騎馬民族はやって来た

 

 ただしそれは、一気呵成にではなく、時間をかけてしかも朝鮮半島経由のみならず、今日のロシア東部から、東北地方にも到着した

 

 その根拠は、東北地方にも早い時期の古墳から、馬具が納められているのが確認されているからだ。

 

 そしてその時期は、西日本における古墳の馬具奉納より、けっして遅いものではないからである。

 

 さらに古代日本に到来した騎馬民族、およびその部族が主流となってできた国は複数あったことであろう。

 

 やがてそうした部族たちは、日本に土着化されていった。

 

 当然に、農業にも従事するようになったであろう。

 

 その過程において、騎馬民族としての風習や習慣は、おおきく失われたことと思われる。

 

 だがその代わりに、彼らは武力ではなく信仰形態、およびそれにもとづく政治制度を、日本にもたらした。

 

 それが〈天皇制〉なのである。

ヤマト王権成立の意義と、同時代の世界情勢

 一般に日本の歴史とは、世界の歴史から断絶されたもののように考えられている。

 

 ところが、ヤマト王権が形成され、成立する時代は、見事に世界における中世初期のあり方と一致する

 

 まずヤマト王権とは、4 〜 5 世紀にかけ、渡来人や渡来文化の影響を受けながら、出来上がっていった。

 

 これは中国では北魏が華北を統一し、かつヨーロッパでフランク王国が成立したのとほぼ同時期である。

 

 ただしこの時期における王国の特徴は、国を「国家」として見るより、「領域」として把握することにある。

 

 よってヤマト王朝の国民もまた、自分たちを「日本人」として意識するのではなく、「日本地域の住人」と、とらえていたことであろう。

 

 さらにくわえて、そもそも〈中世〉とは、古代秩序の崩壊でバラバラになった民族や文化が再度、混じりあっていく時代である。

 

 このことは、「J魏晋南北朝時代という、中国の民族大移動期」のページにおける、“「異文化の混合」が特徴である、〈中世〉の王国”より下の章を参考にしていただきたい。

 

 つまりこの時期の状況を、日本に当てはめれば、以下のようになる。

 

 まず弥生時代にいくつか存在し、覇権を争っていた国々がヤマト王権のもとで統合されることとなった

 

 その結果、日本国内の人間や文物が激しく移動し、混合され新たな人種と文化が生まれた

 

 くわえてその期間には、東アジア地域も政情が不安定だったために、日本へは多くの渡来人や渡来文化がやってきた。

 

 そうした人的・物的交流のすえにヤマト王権の基盤が仕上がったのである。

 

 つまりは東アジアの島国において同時代の中国やヨーロッパと同質の国家が生まれたのである。

 

 ただしこの事実は、世界全体に対しては、ほとんど波及力がなかったのだが。

 

 したがって、〈中世〉という時代を表現するにふさわしいキーワードは、〈ボーダレス〉と、〈多文化混合〉である。

 

 さらには天皇制とは、アジア的家父長制度にもとづくシステムである。

 

 こうした動きにより、日本人のあいだで、後の時代に、日本という国は「単一民族・単一文化の国家である」という共同幻想が発生した。

 

 現実には日本とは、全ユーラシアや全太平洋の民族や文化が集まってできた国であるのに、である。 

 

 よってヤマト王朝の出現は、〈日本国民〉に対し、「家族的共同体」の意識をもたらした。

 

 すなわち〈日本国民〉とは、〈天皇〉をとする家族であり、それ以外の人間は、〈よそ者〉である。

 

 この点は、太平洋戦争期に日本軍は満州建国にあたり、欧米という異人に対し、アジア人を〈五族協和〉の理念でまとめようとした事実を、考えてもらえばいい。

 

 当時の日本人は、本気でアジアを〈天皇〉を「父」とみなす大家族として、治めようとしたのである。

 

 あるいはもっと身近な例を挙げれば、われわれ日本人が異邦人に対し抱く、「ガイジンさん」という意識だ。

 

 現代日本人におけるこうした価値観の源流は、5 世紀のヤマト王朝発生にまで遡れるのである。

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管理人 水無川 流也