「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」 K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」

短かかった唐の全盛期

 唐は 618 年に成立したが、8 世紀に入った段階ですでに衰退の兆しが見えてきた

 

 その原因は、表面的には国民のあいだで貧富の差が開き、逃亡する農民が増え、さまざまな社会制度が機能しなくなったことが挙げられる。

 

 しかし唐は、イスラム王朝のアッバース朝とならぶ、中世を代表する大帝国である。

 

 そんな国家がなぜ、安定期が 100 年ともたず、衰退へと向かったのか?

 

 その根本的な原因は、まさに唐を大帝国へと押しやったものと同一である。

 

 それはすなわち、唐の“国際性”である。

 

 唐は後漢の滅亡、および魏晋南北朝時代を経て、バラバラになった中国国内や周辺国家の民族・部族が、再度、結集することにより生じるエネルギーによって、造られた。

 

 すなわち唐を、中世における普遍的大国家としたものは、多くの民族・部族が集合することで結晶化した、国際性であった。

 

 しかしこの複数の異文化からなる国際性とは、諸刃の剣である。

 

 なぜならそれは、たしかにより普遍的な文明原理を形成はするがまた同時に求心力が弱いため、簡単に瓦解するからである。

 

 唐においては、建前上は漢民族が中心となった中華国家ということになっている。

 

 しかし建国者である「唐の高祖」こと李淵は、漢民族ではなく、遊牧民族・鮮卑の出身と言われている。

 

 もしそうであるなら、李淵や彼の一族には漢民族としてのアイデンティティーは弱かったであろう。

 

 ならば仮に唐が建前だけの漢民族国家だったのなら、唐には国家を長期にわたり維持するにあたり、厳しいものがあったはずである。

 

 なぜなら唐とは、有象無象の定住民、遊牧民族、および異邦人により成立していたからだ。

 

 彼らを長期にわたって従わせるには、強烈な中心性が必要であっただろう。

唐の滅亡までの歴史

 では 7 世紀に全盛を誇った唐が、8 世紀に入り、どのように衰退・滅亡の道をたどったのか、具体的に見ていく。

 

 唐は 7 世紀末に、中国史上唯一の女帝・則天武后武則天)が帝位につき、唐の皇族を滅ぼし、同族を重用し、国号を変えるなどのクーデターをおこなった。

 

K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」
則天武后
借用元 http://www.pahoo.org/culture/numbers/year/j0690-ea.shtm

 

 後にすぐ唐は再興されたが、唐王室の威厳は不安定なものとなった。

 

 ただし則天武后の時代には、科挙官僚が積極的に任命されたので、政治のあり方が親族政治から官僚制度へと変わっていく契機にはなった。

 

 8 世紀初頭に玄宗が即位し、政治の改革を図ったが、国内における人口の増加とそれにともなう貧富格差により、逃亡する農民が増えた。

 

 そのため均田制、租庸調制、府兵制といった、唐を支えていた社会制度は機能しなくなっていった

 

 また人手不足を解消するため、府兵制に代わり傭兵を雇う〈募兵制〉が採用され、その指揮官である〈節度使〉が辺境の警備にあたった。

 

 くわえて玄宗の晩年には、玄宗の愛人であった楊貴妃の一族が権力を独占したため、それに対して節度使による、〈安史の乱(755 〜 763)〉が起こった。

 

K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」
楊貴妃
借用元 http://kaola.jp/2015/02/06/38235/

 

 乱は鎮圧されたが、これにより中央政府の統率力は弱まり有力な節度使が各地方で実権をもつようになった

 

 さらにウイグルや吐蕃などの遊牧民も、唐の領地に侵入したため、唐の領土は縮小した。

 

K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」
安史の乱時における唐
借用元 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/cat_60305763.html

 

 唐は、税制の改正や塩の専売により危機を乗り切ろうとしたが、9 世紀後半に〈黄巣の乱〉が発生し、907 年には、節度使の朱全忠により滅ぼされた

中世国家ではあるが、同時にアジア的国家でもある唐

 これまで何度も述べてきたとおり、唐とはイスラム教国家である〈アッバース朝〉とならぶ、中世を代表する大国家である。

 

 だが同時に唐は、同時代のイスラム教国家や西洋諸国にない、アジア的国家としての側面ももっている。

 

 それは国家の実権が、特定の個人やその一族に集中し結果的に彼らが国を傾けるほどの影響力をもってしまう点である。

 

 その点は、則天武后による独裁や、楊貴妃一族による専横により、唐は一時国が消滅したり、あるいは国力を弱めた事実を見ればわかる。

 

 またこうした問題は、同時代のイスラム諸国や西洋諸国では、「権威と権力の分離」という〈ニ権分立〉が成立していたから、起こり得ないことである。

 

 すなわち「権威者=任命者」は、カリフやローマ教皇であり、また「権力者=実権者」は、スルタンや国王である。

 

 まず唐は中国王朝である以上、当然に〈易姓革命〉の国である。

 

 易姓革命とは、個人が〈〉より正当性を認められたならば彼が一人で「中国」という国を支配することが許される、という思想である。

 

 中国では、この論理が本格的に体系化されたのは後のことであるが、3,000 年前の〈〉の時代より事実上、このイデオロギーは社会で容認されていた

 

 くわえてこの易姓革命による独裁は、20 世紀の清、中華民国、および現代の中華人民共和国に至るまで、実質的に継承されている。

 

 こうした点は、唐が当時の最先端かつ、最大の文明国家でありながら最古の地域的理念に規定されていたということである。

 

 またこれこそが、唐は国際王朝でありながら同時に歴代中華帝国のひとつであることの証拠である。

「中世最盛期」の終焉を意味する、唐の滅亡

 10 世紀の初頭に、中世を代表する国家、唐が滅んだ。

 

 この事実は、何を意味するのであろうか?

 

 それは、〈中世〉という時代の最盛期そのものがこの時代にはすでに過ぎ去ったということである。

 

 よってこの後は、東アジア世界であろうとユーラシア大陸全体であろうと分裂と衰退の時代へと入る

 

 それは唐をしのぐ、中世最大のイスラム王朝、アッバース朝も、歴史上において唐と共時的におなじ運動を見せていることからも理解できる。

 

 まずアッバース朝は、唐代文化が咲き誇ったのとおなじ8 世紀に、黄金時代をむかえている

 

 それは、ハールーン=アッラシードの治世である(在位 786 〜 809)。

 

 ところがアッバース朝は彼の死後、9 世紀から衰退が始まり、同世紀後半には、エジプトやイランで独立王朝が成立した。

 

 9 世紀後半とはまさに唐においては塩の密売人、黄巣が〈黄巣の乱〉を起こした時代である(875 〜 884)。

 

 イスラム教国家がその後、分裂の時代に入るのと同時期に、中国では唐が滅び、〈五代十国〉という群雄割拠の世に突入するのである。

 

 この点から〈中世〉という時代のピークはイスラム教帝国や唐が興り、その文化が生まれた 7 〜 8 世紀にあると考えられる

 

唐が中国史にもたらしたもの

 では大唐帝国という存在は、中国の歴史において、どのような影響をおよぼしたのであろうか?

 

 まず第 1 点は、唐とは、中国の国家原理が国際化により混血した結果、生まれた国際的王朝であった。

 

 よって一般的な文明法則では、世界的な文明を生んだ地域からは、その後は二度と世界を代表するような国家は生まれないとされる。

 

 にもかかわらず、唐は〈黄河文明〉、〈漢〉という大文明を興した地にありながら、国際的な国家となりえたのである。

 

 その理由は前述したように、中国の国家原理が他の多種多様な民族や部族の規範と混じり合うことにより、より普遍的なものとなったからである。

 

 しかし 2 回起こったことは、3 回、4 回とは生じない。

 

 今後の中国で発生した統一王朝は、モンゴル人による征服王朝である元は別として、宋・明・清、どれもが東アジア世界という広域な地域の、ローカルな国家でしかなかった。

 

 次に第 2 点であるが、唐の時代に科挙制度が本格化したため、後の中国王朝も、これに従うようになった。

 

 それまでの中国では、血縁制による専制支配が一般的であった。

 

 しかしその後の中国では、血縁制と官僚制の二本立てによる統治方法が一般的となった。

 

 よってその後の中国王朝においては、平和時には国家は比較的、安定はしているが混乱期には皇帝の親族とともに、官僚も専横に走る姿が、目立つようになった

 

 この点は、現在の中華人民共和国にまで継承されている、中国という国の本質である。

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管理人 水無川 流也