「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点 L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点

“文治主義”を目指した 宋

このページからはいよいよ、・本国について述べる。

 

 宋という国家は、その前時代である五代十国が、武力がものを言う“武断政治”の世であったのに、国がまとまらなかった教訓から、“文治政治”を志した。

 

 “文治政治”とは、儒教の教えをもとに政治をおこなうことである。

 

 具体的には、儒教の教義が問われる〈科挙〉という、し烈な役人登用試験を突破した者のみを、官僚として採用するというものである。

 

 そうして彼らを皇帝に服従させることにより皇帝の中央集権化を図るという制度だ。

 

またくわえて宋は、五代十国以前の唐代が、多民族共存のあり方を取りながら崩壊した事実を受け、漢民族のみによる「小さな帝国」の形態もとった。

 

 ところが宋の建国者である〈趙匡胤(ちょうきょういん)〉は、はたして本当に漢民族出身だったのかどうか、おおいに疑問をもたれている。

 

 この点は唐の創始者である李淵もまた、漢民族出身を自称しつつも、その出自は怪しかったことを思えば、皮肉である。

 

 つまりは趙匡胤、李淵、両者とも、遊牧系民族出身でありながら、中国統治の方便から「漢民族」を名乗ったと考えられている。

 

 さてもう一点、宋の特徴を挙げるならば、“武断主義”の非生産性を顧みて、経済発展による政治を目指したということがある。

 

 これによりたしかに、宋という国家の経済は発達した。

 

 しかし武力を軽視し、学歴自慢の役人による政治をなし、かつ経済大国を目指すという政策は、まるで戦後のわが国・日本そのものである。

 

 しかも宋の周辺国は、屈強な遊牧民国家ばかりであった。

 

 これならば、「土下座外交」を強いられても、ムリはないであろう。

 

 結局、宋は周辺国にたかられ国力や国土はどんどんと減少していった

 

 そうした宋の、あり方を見ていく。

宋による中国統一

 五代の後周より出た趙匡胤(太祖)は、960 年宋(北宋)を興した。

 

 そして次の太宗は、中国を統一した。

 

L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点
中国統一時の北宋
借用元 http://www.eonet.ne.jp/~libell/roomofmap.htm

 

 前述したように宋は、武断政治に代わり文治主義を採り、地方の実力者である〈節度使〉に文官をあて、皇帝による中央集権を図った。

 

 皇帝を補佐する官僚は、従来の中国王朝のように貴族という血筋で決定されることはなくかならず〈科挙〉を突破した者で占められた

 

 ところが、科挙受験のために勉学に没頭するには、経済的な余裕が必要である。

 

 よって科挙の合格者は裕福な家庭出身の者が多かった

 

 そうした階級の者たちは「形勢子(けいせいこ)」と呼ばれ、貴族に代わる有力者として、勢力をもつようになった。

 

 つまりは端的に述べれば、中国の支配階級は貴族制からブルジョワ制へと移行してきたのである。

 

 ところが、皇帝が絶対の権力者である点には変わりはないので、その変化は中国全体に、歴史的発展をもたらすことは、なかったのだが。

 

 宋(北宋)は契丹、西夏などの北方民族により、つねに圧力をかけられていたため、防衛費に多大な予算が必要となりそれにともない財政は逼迫していった

 

 11 世紀後半には、皇帝・神宋王安石を宰相に任命し、政治改革を図った。

 

 それは一般に「新法」と呼ばれ、内容は国民の生活安定と生産性増大を実現させながら国家の緊縮財政を試みるというものであった。

 

 しかしこの改革に対し、新法党と旧法党が対立したため宋はさらに国力を弱めていった

 

 12 世紀初頭には北宋は、遊牧民国家である〈〉に華北を占領され、首都の開封を落とされた(靖康の変 1126 〜 27)。

 

 これにより宋の王族たちは江南に逃れ、臨安を首都とし、〈南宋〉を建てた。

 

L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点
南宋
借用元 http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/D_JinNanSong.htm

 

 南宋においては、金に対して和平的に接するか、あるいは対抗するかで、議論が別れた。

 

 その際に秦檜(しんかい)を代表する和平派と、岳飛(がくひ)を長とする主戦派は対立の末、和平派が勝利したため南宋は金と和議を結んだ

 

 その結果、南宋は金の華北支配を容認し金に対し毎年、貢物を進呈することが決定された

中国における、和平派の不評

 ところで、金との和平を主張した秦檜の評価は現代の中国ではさんざんである

 

 最悪の国賊・売国奴と罵られ、彼が後ろ手に縛られひざまずいた銅像に、人々が唾を吐きかけるのは、もはや中国の名物となっている。

 

L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点
秦檜と、その妻の像
借用元 http://marco-germany.at.webry.info/200709/article_28.html

 

 ではなぜ中国では、これほどまでに秦檜は嫌われるのか?

 

 それは中国とは、「アジア的帝国主義国家」だからである。

 

 「帝国主義国家」とは、自国の国境を超え、際限なく自分の領土を広げようとする国を指す。

 

 狭い意味においては、近代後期の欧米列強は、みなこれに該当する。

 

 ちなみに 21 世紀初頭の今日、もっとも国際的に影響があるとされている国はアメリカ合衆国、ロシア、そして中華人民共和国の 3 大国である。

 

 この 3 大国はすべて、「帝国主義的国家」と言える。

 

 それゆえ上記 3 国は 21 世紀の今日においてなお、世界における領土問題、国際紛争の火種となっている。

 

 これらの国々を、さらに厳密に定義するなら、以下のようになる。

 

 「中国アジア的帝国主義国家」、「ロシア中世的帝国主義国家」、「アメリカ近代的帝国主義国家」である。

 

 ここをくわしく説明する余裕は、いまはない。

 

 しかし中国において秦檜が嫌われる理由とは、以下と同様である。

 

 ロシアにおいては、ソ連時代に和平的な対外政策を採った書記長ほど嫌われ、逆に強硬的な態度を示した指導者ほど、民衆の評判が良いのである。

 

 この点については、「Aスラブ諸国の形成と特徴」における最後の章、「ソビエト時代の“専制”」を参考にしていただきたい。

 

 またこの特徴が当てはまるのは、アメリカも同様である。

 

 歴代大統領のなかで、第 32 代大統領 フランクリン・ルーズヴェルトの国内評価は、現在でもかなり高い。

 

 彼は、国際・国内公約を破りながらも、第二次世界大戦に強行参入したにもかかわらず、である。

 

 逆に現在、中国やロシアに対し、強い態度に出られないバラク・オバマは、国内での支持率は 2015 年までずっと低迷していた。

 

 そして上記のようにアメリカでフランクリン・ルーズヴェルトがいまだ支持されているように、現在の中国では、〈文化大革命〉において 2,000 万人もの同胞を粛清した毛沢東は依然、英雄あつかいされている

 

 その理由は、毛沢東は秦檜とは対照的に、中華人民共和国の指導者として、対外的に強硬な態度を示し続けたからである。

 

 要は、中国、ロシア、アメリカ。

 

 これらの「帝国主義国家」にあっては、自国が他国に攻め入ることはよくてもその逆は、あってはならないことなのである

 

 いや、もっと言えば、これらの国の人々がもつ「国対国」の関係性は、「支配か、服従か、あるいは対立か」しかないのである。

 

 よって自国の指導者が進んで他国にひざまずくということはどうあっても許されないのだ。

 

 中国における秦檜の不評とはこうした中国人の国民性に根ざすものなのである

 

同時代の日本に見る、文治政治

 ところで宋が中国を統一した 10 世紀には、中国のとなりに、宋と同様に文治主義的な政策を採っていた国があった。

 

 それこそ、平安時代のわが国・日本である。

 

 当時の日本は、藤原氏による摂関政治の最中であり、藤原氏が天皇の威を借り権力を私物化する一方で武力はたいへんに、忌み嫌われた

 

 そしてこの平安朝は、宋と似た運命をたどることとなる。

 

 宋で宋代文化が花開いたように、平安時代には摂関期以降、仏教美術や文学に代表される〈国風文化〉が興った。

 

 宋代文化、日本の国風文化ともに、民族性を帯びており後に実用的な用途にも使用されることになった点は、共通している

 

 それはたとえば、宋代文化が生んだ「3 大発明」である「火薬、活版印刷、羅針盤」、あるいは国風文化のもとに誕生した「ひらがな、カタカナ」等である。

 

 しかしながら宋、平安朝どちらも後に武力によって駆逐される事実もまた、共有している

 

 宋は周辺の遊牧民国家に、いいように搾取されたし、平安朝もやがて、源平を中心とした武士勢力に圧倒されていく。

 

 つまりは侵略的な武力だけならば、排除は可能かもしれないが防衛力まで否定した国家は、生き延びるのが困難だということは、歴史が証明しているのである。

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管理人 水無川 流也