「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」 L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」

「北方民族の南下」が、世界の時代潮流であった 11 〜 12 世紀

 このページでは、宋の周辺国であり、宋をおおいに苦しめた 2 つの国家、〈契丹)〉と〈〉を中心に取りあげる。

 

 契丹も金も、半農半牧の国家であり、11 世紀から 13 世紀前半にかけて、宋に強烈な圧力をかけた。

 

 だがここでは、その 2 国の動きだけを解説するということはしない。

 

 そうではなく、なぜその時期に契丹や金は活動をしたのか。

 

 および、その時代における世界の他地域は、どんな様子だったか、ということを概括する。

 

 詳細については後から説明するが、11 〜 12 世紀とは世界中で、北方に住む人種が南下をおこなうという現象が、見られた時代である。

 

 これは中国周辺はもちろん、中央アジア、ヨーロッパ、および日本でも見られた事実だ。

 

 なぜこういうことが発生したかと言えば、この時代は地球の寒冷化が進行したからである。

 

 それについては、下記のグラフをを見ていただきたい。

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
借用元 http://ichijin.seesaa.net/article/390389887.html

 

 紀元 1000 年から 1200 年にかけて、気温が劇的に下がっていくのが見て取れるであろう。

 

 端的に述べれば、地域の温度が下降すれば、当然に植物の生育状態が悪くなる

 

 すると遊牧民族ならば、家畜が食べる草がなくなることにより、また農耕民であれば、農作物の不足により、飢饉が発生する。

 

 よって彼らはもちろん、比較的に植物の発育が良い南部を目指すことになるのである。

 

 こうした現象が世界中で起こったのが11 〜 12 世紀なのだ。

 

 まずは、中国周辺について述べる。

 

中国、北方勢力(契丹“遼”、西夏、金)の伸長

 契丹という国家は、はじめに満州地域に存在していた。

 

 10 世紀に入ると、耶律阿保機(やりつあぼき)が強力な国家を造り、東の渤海国を滅ぼすとともに、西のモンゴル高原を確保した。

 

 やがて契丹は燕雲十六州を獲得し、宋が成立してからも、華北へとひんぱんに侵入した。

 

 11 世紀初頭には、契丹は宋より和平の代償に毎年による朝貢品を得る条約を取りつけた。

 

 契丹は中国では「」と呼ばれ、北方民族としての拠点を持ちながら、中国内地を支配した最初の国家となった。

 

 また契丹は、魏晋南北朝時代の遊牧民国家がそうしたように、遊牧民と農耕民を異なる方法で支配する、〈二重統治体制〉を採用した。

 

 契丹はその後、中国文化や仏教を吸収し、独自の〈契丹文字〉をつくった。

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
契丹とその周辺
借用元 http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_s25.html

 

 宋の西北地域には、11 世紀初頭に、チベット系の遊牧民族である〈西夏〉という国が興った。

 

 西夏は近隣の吐蕃(とばん)やウイグルを破り、中国と西方を結ぶ通商路をおさえた。

 

さらに西夏はたびたび宋に侵入しながらも、宋より仏教や漢字を採り入れ、こちらも独自の〈西夏文字〉を編み出した。

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
西夏
借用元 http://gakuen.gifu-net.ed.jp/~contents/kou_chirekikouminn/sekaishichizu/sou/sou_4.html

 

 および契丹の支配勢力東部には、ツングース系の女真族がいた。

 

 彼らは12 世紀初頭に、完顔阿骨打(わんやんあくだ)を指導者として抱き、契丹から独立し、国名を〈(きん)〉と改めた。

 

 宋は金と組むことにより、契丹(遼)を攻め1125 年にこれを滅ぼした

 

 その際に契丹の皇族・耶律大石は中央アジアに逃れ、そこに〈西遼〉を建てた。

 

その地において、遼の文化は保たれた。

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
西遼、南宋、金
借用元 http://www.pep.com.cn/czls/js/tbjx/tp/7x/u2/201008/t20100825_734577.htm

 

 金は遼の滅亡後、領土をめぐり宋と争い、宋の首都・開封を占領した。

 

 金は中国の北半、満州、アムール川流域に至るまで、北アジアを広く支配し地域によって異なる支配体制を敷いた

 

 また金は、特有の〈女真文字〉をつくった。

 

 金に圧迫された宋は南部に逃れ、そこで 1127 年に〈南宋〉を興した。

 

 南宋は金に対しても服従の姿勢をとり、毎年、供物を進呈することとなった

中央アジアにおける、ガズナ朝とゴール朝

 中央アジアにおいて 10 世紀末から、〈ガズナ朝〉と〈ゴール朝〉が南下し、インドの富を目的とした攻撃を、北インドに対しておこなっていた。

 

 まずガズナ朝は、アフガニスタンを拠点とするトルコ系王朝であり、ゴール朝はガズナ朝から独立したイラン系の国家である。

 

 ガズナ朝、ゴール朝、ともにイスラム教国であり、まさにこのページの焦点である 11 〜 12 世紀にかけ両国はインドへの侵攻をくり返した

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
ガズナ朝とゴール朝 
借用元 http://415100.blog50.fc2.com/blog-entry-1853.html

 

 その結果、13 世紀初頭には、インドで初のイスラム政権が誕生した

 

 その後のインドにおけるイスラム教浸透の過程は、「Gイスラム帝国 3.インド、東南アジア」のページにおける、「イスラム教のインド、東南アジア方面への進出」以降の章を参考にしていただきたい。

 

 ここで重要なことは、中国文化圏のとなりである中央アジア、インドにおいても、「北方からの民族の南下」という現象が発生していた事実である。

ヨーロッパにおける十字軍の活動

 ヨーロッパにおいて、あまりにも有名な〈十字軍〉による、第 1 回目のアラブへの進軍がなされたのは、1096 年、すなわち 11 世紀末である。

 

 十字軍の経緯については、「C十字軍 1.「文明の衝突」の原点」における、「〈十字軍〉の歴史」の章を参照されたい。

 

 十字軍とは建前上の目的は、「聖地エルサレムの、イスラム勢力からの奪還」となっている。

 

 しかし十字軍の本質とは西アジア方面の領土獲得にあったことは、よく知られた事実である。

 

 上記記事の章において述べられているように、当時のヨーロッパは封建社会が安定したため、社会全体の生産力も増した。

 

 そこでヨーロッパ人は、さらなる土地や農耕地を求めたのである。

 

 ところがヨーロッパは寒冷な地域であるためそもそもが農業には向いていない

 

 それにくわえ、11 世紀半ばより地球の寒冷化が進行した

 

 ならばヨーロッパ人は、当然により温暖な地域の土地を欲するであろう。

 

 ここで興味深いところは、「聖戦」を挙げての十字軍の派遣は、1189 〜 1192 年のあいだに送られた、第 3 回目のものまでである、という事実だ。

 

 第 4 回目の十字軍は1202 〜 1204 年に実行されたが、こちらはすでに宗教的な大義名分を捨てた商業目的のものとなっている。

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
第 4 回十字軍
借用元 http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/18508416.html

 

 そして地球の寒冷化が止まり、気温が上昇してきたのは、12 世紀末からである。

 

 すなわち十字軍の、第 3 回目と第 4 回目とのあいだに地球の気候状況は変わっていたのだ。

 

 ならば十字軍とは、第 3 回目のものまでは寒冷化に対応するための農業政策の一端であった。

 

 ところが第 4 回目以降は商業目当てのものへと変質した、という解釈も可能である。

 

日本 源平合戦の本質

 さて、ところでわが国・日本においては、11 〜 12 世紀とは、どんな時代であったか?

 

 それは平安時代の後期でありまた12 世紀後半の 1185 年、もしくは 1192 年に、武家政権である鎌倉幕府が成立している

 

 まず 11 世紀の前半においては、すでに強力な武士団が成立している。

 

 ではそもそも、武士の起こりとは何か?

 

 それは「荘園」と呼ばれる私有地で、農業を営む者たちの自警団であった。

 

 荘園は基本的に私有地であったため、朝廷による保護は受けられなかった。

 

 つまり荘園内の農民は自分の土地は自分で護らざるを得なかったのだ。

 

 ところで武士の「棟梁(とうりょう)」と呼ばれる指導者たちは、もともとは「受領(ずりょう)」と言う、中央から派遣された中小貴族であった。

 

 受領たちは、中央政府での出世が望めないため、地方の長として赴任してきたのである。

 

L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
武士と棟梁の関係性
借用元 http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/syouen/syou-el1.html

 

 その際に、おもに関東・東北地方を治めたのは、〈源氏〉であり、西日本を拠点としたのは、〈平家〉である。

 

 ときに 11 世紀からは日本も例に漏れず、寒冷化のため農村の荒廃は進みさらに各地方の治安は悪化した

 

 しかし朝廷には世の乱れを治める武力がなかったため、日本では政治の実権が、武士へと移っていった。

 

 その武士のなかでも、突出した実力をもったのが、平家と源氏であった。

 

 この両者は、やがてたがいに争うこととなる。

 

 1159 年の〈平治の乱〉で、平清盛が源義朝を討ったため世は平家の時代となった。

 

 ところが義朝の子である、源頼朝や源義経らは力をつけ、ついには 1185 年に、平家を滅ぼすに至った

 

 もともと平家は貴族の血筋が濃い名家であり源氏は皇族とは縁遠い家柄だった。

 

 また前述したように、平家の本拠地は西日本であり、源氏のそれは関東・東北である。

 

 よって源平合戦の経緯と結果は、以下のような解釈が可能である。

 

 この時代の世界各地でそうだったように、北(東)の武闘派勢力(源氏)が南(西)の王家(平家)を圧倒したのだ。

 

 そしてその結末は、地球の寒冷化が止まった 12 世紀後半に、北(源氏)の勝利というかたちで決着はついた

 

 このように日本の歴史も、世界情勢と比較することにより、はじめて見えてくるものがあるのだ。

関連ページ

J魏晋南北朝時代という、中国の民族大移動期
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J三国時代、五胡十六国時代-中国における中世の開始
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J魏晋南北朝時代の社会から見える、中国史の本質
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J六朝文化の、特徴と先進性と限界性-早すぎた“近代”
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J清談、書道、道教、大乗仏教に見る、六朝文化の光と影
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J古代朝鮮史-衛氏朝鮮から、百済、高句麗、新羅まで
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J三国時代における、朝鮮と日本(倭)の関係性−安全保障同盟
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K大唐帝国の成立-ユーラシアを貫徹する、中世的大帝国
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐代文化 -仏教、道教、儒教に見る、中世的大教団の成立
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐代芸術の近代性と、純粋芸術の成立-書、山水画 等
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐の周辺国家、突厥、ウイグル等に見る、中世の時代潮流
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐と吐蕃成立、および現代まで続く中国-チベット関係
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K新羅と渤海-唐における属国・周辺国のと運命−大国に翻弄
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋の周辺国家、高麗、大越国、日本に見る近代的民族主義
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋代社会-近代通商網と貨幣経済が西洋より早く出現
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L朱子学-宇宙を対象化し、完成に向かう中国・宋代文化
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋代文化-史学、文学、宗教に現れる、中国文化の集大成
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋代芸術-陶磁器、画-西洋に対し、優位を保つ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Mモンゴル帝国成立が、中世ユーラシアの勢力図をご破算に
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Mモンゴル帝国が、西洋近代誕生の触媒となった
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
M元・モンゴル軍に見られる、中世的国家の最後の大爆発
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
M元による東アジア支配と、貨幣経済発達の意味-近代通商へ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
N中国4大発明と、中国社会の近代性、特殊性、限界性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
N技術革新に見る、中国近代はいかにして西洋近代に敗れたか
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Oヤマト王権は、なぜ、どのように成立したか-カギは温暖化
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O飛鳥時代-世界の中世大帝国成立と呼応-宗教的権威の確立
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O飛鳥・白鳳文化-外来仏教を、“実用”の対象へ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O奈良時代の日本という、小さな中世的中央集権帝国
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O天平文化を生んだ平城京の、偉大性と、輸入文物の未熟さ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O平安京遷都を、日本史、世界史の観点で見てみると
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O蝦夷征伐に見る、現代まで続く東北地方の不幸とは?
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O弘仁・貞観文化−天平文化と国風文化の過渡期的あり方
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O密教が、日本仏教のあり方を決定づけた−徹底した機能主義
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O藤原氏による摂関政治は、なぜ成立したか−現代にまで影響
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O国風文化に混沌と共存する、怨霊・末法思想と近代性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O国風文化を経て、ヨーロッパに近づく日本の歴史と日本人
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O武士を生み育んだ寒冷化-北方騎馬民族と同根のサムライ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。

管理人 水無川 流也