「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定 K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定

また振り出しに戻った、中国の歴史

 このことは、「J魏晋南北朝時代の社会から見える、中国史の本質」のページにおける、「えんえんと続く、中国の歴史サイクル」の章などで、すでにさんざん述べた。

 

 それは中国の歴史とは、循環史のようなもので、国の分裂時代から国家の形成・崩壊にいたるまで時代を替えてくり返されているだけということだ。

 

 よってこのページで取りあげる〈五代十国時代〉とは、循環する中国史のなかにおいて、起点となる分裂状態の時期に該当する。

 

 古代の中国は、春秋戦国時代から秦・漢による国家統一、および後漢の滅亡から魏晋南北朝時代へというサイクルを見せた。

 

 すなわちそれは、「分裂状態 → 国家統一 → 国家滅亡 → 再度の分裂状態へ 」といった流れを指す。

 

 それと同様に、中世の中国は以下のような運動を見せたのである。

 

 「分裂の魏晋南北朝時代から隋・唐による統一国家の形成、および唐の滅亡を経て、また複数の分裂国家からなる五代十国時代へ」、という具合にである。

 

 そういう意味において、中国史はまた振り出しに還ったと言える。

 

 はじめに唐という国は、中華国家の法則が、中世的原理と混合された国家原理により、成り立つ国家であった。

 

 また三国時代、五胡十六国という時代(魏晋南北朝時代)は、そうした唐という国の性質を準備するための、混乱期であったという見方もできる。

 

 ならば今回あつかう五代十国という時代の価値観は、最終的には 960 年に成立した〈〉という、漢民族による統一国家へと向かう。

 

 そして五代十国という時代の特徴を言い表せば、それは「〈中世〉を経て、〈近代国家〉の一歩手前の国家像が見えてくる段階」となる。

 

 これはどういうことかと言えば、以下のように説明できる。

 

 まず〈中世的国家〉とは、「多民族共存」、ならびに「一国ではなく、一領域を対象とする」ことが前提であった。

 

 しかし五代十国の時代からは、中国、および世界は、「一国・一民族」の原理で成り立つ国家を目指すようになる

 

 つまりこれは、まだ未熟で不完全ながらも、〈近代国家〉の先駆となる国家像である。

 

 以上の点をふまえて、五代十国の時代を見る。

 

五代十国時代

 まず唐を滅ぼした節度使(唐時代における、地方の実力者)の朱全忠は、907 年に〈後梁〉を建てた。

 

K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定
朱全忠
借用元 http://wx.cclawnet.com/tushuozgs/11-2.htm

 

 以後 50 年以上にわたり、華北では有力な節度使たちによって興された、 5 つの王朝が交替する時代に入った。

 

 またその他の地方でも、10 あまりの国が興亡をくり返したため、この時代は「五代十国」と呼ばれる。

 

 この時期には貴族層は、経済の基盤である荘園が戦乱により衰退していったため、おおいに力を落とした。

 

 そうした貴族にかわり、新興の地主層が実力をつけていった。

 

 五代十国は、960 年に、五代・最後の王朝である後周より出た〈〉が、中国を統一する 979 年まで続くこととなった。

同時代の、イスラム帝国

 東アジアにおいて、〈中世〉を代表する国家、〈唐〉が滅んだということは、〈中世〉という時代の最盛期がすでに過ぎ去ったことを意味する

 

 よって、唐以上に中世的原理で成り立っていた、イスラム教国であるアッバース朝もまた五代十国の時代には分裂期に入っている

 

 10 世紀初頭の段階で、西アジアにおいてアッバース朝自体は存続していたもののその勢力はおおいに衰えていた

 

 909 年にエジプトでは〈ファーティマ朝〉が興り、これは969 年にエジプトを征服し、カイロを首都とした。

 

 またイランで生まれた〈ブワイフ朝〉は、946 年にバグダッドに入城し、カリフより多大な権限をあたえられた。

 

K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定
10 世紀当時の、イスラム教国家群
借用元 http://manapedia.jp/text/1823

 

 これ以後の西アジアやエジプトでは、数多くのイスラム王朝が興亡した。

 

 だがイスラム勢力は、ヨーロッパからは十字軍、アジアからはモンゴル軍により蹂躙されるようになり、次第に時代の中心からは外れていくようになった。

 

 また同時に、セルジューク・トルコ滅亡以後に生まれたイスラム教国の多くは、大帝国とは成り得ず「一国・一民族」という支配体制が一般的となっていった

 

ハザール(カザール)王国の滅亡

 コーカサス北部においては、7 世紀よりハザール(カザール)王国という強国が存在した。

 

 ハザール王国については、「Aビザンツ帝国 3.帝国の歴史的意義と段階」のページにおける、「ビザンツ帝国の歴史的意義」の章で述べているので、そちらを参考にしていただきたい。

 

 ハザール王国の支配者層は、おそらくテュルク系(トルコ系)民族だと思われる。

 

 ハザールは、国内(領域内)に住む多くの異民族を統一的に支配するため、あえてユダヤ教に改宗したのである。

 

 この時点でハザールは、「領域内における複数の異民族を、体系化されたイデオロギーでまとめる」ことを指向しているのだから、典型的な「中世的国家」と言えるだろう。

 

 ただしハザールの改宗については、当時ハザールを囲んでいた、イスラム教勢力とキリスト教国とのバランスを取るため、という説もあるが。

 

 またハザール王国の歴史的意義とは、ヨーロッパとイスラム諸国(西と東)を分断させ、かつ北方に存在するスラブ民族の勢力を抑えたところにあった。

 

 つまりハザールはまさに中世初期において、「文明の岐路」ともいえる地点に位置していた。

 

 そして西(ヨーロッパ)、東(イスラム勢力)、北(スラブ民族)に存在する諸文明の本格的な衝突を避ける、防波堤の機能を果たしていたのである。

 

 ところがこのハザール王国は、956 年にキエフ公国により滅ぼされた。

 

K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定
ハザール王国
借用元 http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/usi3.html

 

 これはまさに中国における、五代十国時代の最中である。

 

 このハザールの崩壊により、北方のスラブ諸国では、ブルガールをはじめとする多くのスラブ国家が形成されるようになった。

 

 そうしたスラブの国々はやはり、土着的かつ民族主義的なものであり「中世的帝国」とは正反対の性質をもつものであった。

 

 つまりはコーカサス地方において、この時代より後に建てられた国々は「中世的な」ものではなかったのである。

 

 ただし当時のスラブ諸国とは、「近代的」ではなく、きわめてアジア的」なものに近かったのであるが。

分裂を開始したヨーロッパ

また、「広大な領域から、特定の地域へ」、「多民族共存から、一民族による集住へ」という支配形態の動きは、10 世紀のヨーロッパでも起こっている

 

 スペインとイギリスをのぞく、西ヨーロッパのほぼ全域を支配していた〈フランク王国〉は、9 世紀後半にはすでに 3 分割されていた

 

 それは西フランク(フランス)、東フランク(ドイツ)、およびイタリアである。

 

 10 世紀に入ると、ヨーロッパの分裂はさらに進みとくにドイツでは、後に 3,000 もの領邦国家からなる〈神聖ローマ帝国〉が成立した

 

 くわえて 8 世紀から 10 世紀にかけてのヨーロッパはさかんにヴァイキングの侵入に遭っていた

 

 ヴァイキングであるノルマン人たちは、ヨーロッパやスラブ人の領域内で、いくつも国を造った。

 

 このようにヨーロッパもまた、中国における〈五代十国時代〉同様「ヨーロッパという地域の、特定民族による一括的統治」が困難な時代へと入っていった。

 

K五代十国-武断政治と近代国家の萌芽、中世的国家の否定
10 世紀のヨーロッパ
借用元 http://mek.oszk.hu/01900/01993/html/index590.html

各地の反乱に悩まされた、日本の朝廷

 およびこうした現象は同時代のわが国・日本にも当てはまる

 

 わが国では6 世紀後半の飛鳥時代に大和朝廷による全国統一が確立された

 

 ちなみにこの時代はほぼ、中国で〈〉が全国を統一し(581 年)、アラブでムハマンドがイスラム教の布教を始めた610 年ごろ)のと、同時期である。

 

 その朝廷の権威による全国支配も、平安時代に入ると実態の無さが露見し、10 世紀には関東では〈平将門の乱〉が、四国では〈藤原純友の乱〉が勃発した。

 

 つまりこれらの事象が起こったのもまた中国における〈五代十国〉と同時代である。

 

 その際、朝廷は乱を鎮圧するため武士を使ったので、結果的に実権を武士に奪われるかたちとなった。

 

 さらにはその後の日本は「地方分割の時代」に入り、これは 1603 年、徳川家康による江戸幕府の開幕まで続くこととなる。

 

 なおつけ加えれば、わが国が〈日本国政府〉により完全に一元的に統治されるようになるのは、1868 年の明治維新からである。

 

 このように 10 世紀とは世界各地において「中世的国家観」が崩壊を始めた時代だと言える。

関連ページ

J魏晋南北朝時代という、中国の民族大移動期
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J三国時代、五胡十六国時代-中国における中世の開始
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J魏晋南北朝時代の社会から見える、中国史の本質
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J六朝文化の、特徴と先進性と限界性-早すぎた“近代”
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J清談、書道、道教、大乗仏教に見る、六朝文化の光と影
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J古代朝鮮史-衛氏朝鮮から、百済、高句麗、新羅まで
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
J三国時代における、朝鮮と日本(倭)の関係性−安全保障同盟
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K大唐帝国の成立-ユーラシアを貫徹する、中世的大帝国
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐代文化 -仏教、道教、儒教に見る、中世的大教団の成立
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐代芸術の近代性と、純粋芸術の成立-書、山水画 等
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐の周辺国家、突厥、ウイグル等に見る、中世の時代潮流
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K唐と吐蕃成立、および現代まで続く中国-チベット関係
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K新羅と渤海-唐における属国・周辺国のと運命−大国に翻弄
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
K大唐帝国の衰退と滅亡に見る、中世の「終わりの始まり」
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋の周辺国家、高麗、大越国、日本に見る近代的民族主義
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋の周辺国家、契丹、金、ユーラシアの「北方民族の南下」
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋の成立と統治-文治主義国家と覇権主義国家の差異と弱点
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋代社会-近代通商網と貨幣経済が西洋より早く出現
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L朱子学-宇宙を対象化し、完成に向かう中国・宋代文化
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋代文化-史学、文学、宗教に現れる、中国文化の集大成
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
L宋代芸術-陶磁器、画-西洋に対し、優位を保つ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Mモンゴル帝国成立が、中世ユーラシアの勢力図をご破算に
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Mモンゴル帝国が、西洋近代誕生の触媒となった
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
M元・モンゴル軍に見られる、中世的国家の最後の大爆発
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
M元による東アジア支配と、貨幣経済発達の意味-近代通商へ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
N中国4大発明と、中国社会の近代性、特殊性、限界性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
N技術革新に見る、中国近代はいかにして西洋近代に敗れたか
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Oヤマト王権は、なぜ、どのように成立したか-カギは温暖化
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O飛鳥時代-世界の中世大帝国成立と呼応-宗教的権威の確立
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O飛鳥・白鳳文化-外来仏教を、“実用”の対象へ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O奈良時代の日本という、小さな中世的中央集権帝国
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O天平文化を生んだ平城京の、偉大性と、輸入文物の未熟さ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O平安京遷都を、日本史、世界史の観点で見てみると
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O蝦夷征伐に見る、現代まで続く東北地方の不幸とは?
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O弘仁・貞観文化−天平文化と国風文化の過渡期的あり方
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O密教が、日本仏教のあり方を決定づけた−徹底した機能主義
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O藤原氏による摂関政治は、なぜ成立したか−現代にまで影響
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O国風文化に混沌と共存する、怨霊・末法思想と近代性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O国風文化を経て、ヨーロッパに近づく日本の歴史と日本人
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
O武士を生み育んだ寒冷化-北方騎馬民族と同根のサムライ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。

管理人 水無川 流也