「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味 K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味

○守文はすなわち難し(物事を新しく興すより、それを維持、発展させるほうが、むずかしい)―魏微(貞観政要)

歴史サイクルが一巡した、中世・中国

 中国という国の歴史は、〈循環史観〉とも言うべき、発展のない同じパーターンのくり返しにより説明できるということは、J魏晋南北朝時代の社会から見える、中国史の本質における「えんえんと続く、中国の歴史サイクル」の章などで述べた。

 

 このページから説明する、中世における中国の大国家・から先の歴史は、端的に述べればそれまで中国に起こったことの反復である。

 

 この点は〈〉を、古代における大帝国〈〉に対応させれば、以下のことがわかる。

 

 それは「大帝国の成立から滅亡」、そして「新たな王朝の勃興」まで、中国史は時代背景を変えてトレースしているだけということだ。

 

 その点を重点的に、唐の先に興り、中国を再度統一した王朝、の歴史から説く。

隋の成立

 あまたの王朝が乱立した魏晋南北朝時代は末期になると、北朝の北周から〈〉の文帝が出て、南北に分裂していた中国を 581 年に統一した

 

 隋は南北朝時代に実施されていた諸政策を採り入れ、統治の基礎を固めた。

 

 くわえて隋は、血族内で政府のポストを独占させるのを避け、儒学の試験により広く人材を求める〈科挙〉の制度を設置し、中央集権化を図った。

 

 文帝の子、煬帝(ようだい)の時代には、南北を結びつける大運河が完成し、中国の交通はたいへんに向上した。

 

 ところが、その運河の工事や対外戦争へと徴発された農民たちは生活に困窮したため、各地で反乱を起こし、隋は 618 年建国から 30 年も経ずに滅亡した

 

K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味
隋の大運河
借用元 http://www.geocities.jp/enjoy_a_china/daiungamap.htm

 

 その後は軍閥の李淵が唐を建てたが、これは約 300 年続くこととなる。

統一国家・隋が出現した意味

 まず〈中世〉という時代は、世界各地の古代国家が崩壊した結果、バラバラとなった民族たちが、再度、結集していく時代であるということは、J魏晋南北朝時代という、中国の民族大移動期における冒頭章、「“分裂”と“ボーダレス”がキーワードの、古代末期と中世初期」の章などで述べた。

 

 さて、ではここに来て中国に統一国家・隋が建国されたというのは、歴史的にどのような意義があるのであろうか?

 

 それは中世の段階において、紀元 7 世紀前半という時代は、とりあえず最大単位の共同体、すなわち〈統一国家〉が成立するようになった、ということである。

 

 このことは、地球上における他の地域を見ても、同様である。

 

 となりのインドでは、ハルシャ王により606 年に〈ヴァルダナ朝〉が建てられた。

 

 さらにアラブでは 610 年ごろからムハマンドが活動を始め、その後、初のイスラム帝国622 年にできる。

 

またわが国・日本でも 600 年より遣隋使派遣が始まり、大和朝廷は日本の統一政府としての道を歩み始めた

 

 こうした世界的状況において、隋は生まれたのである。

 

 この事実が意味するものとは、東アジア世界もまた、本格的な〈中世王国〉が形成される時代になったということである。

 

また、なぜ 7 世紀初頭において、地球上で上記のような現象が同時に起こったのか?

 

 それはおそらくは、そもそもが古代を終焉に導いた、地球の寒冷化が終わり、北半球はこの時期に「中世の温暖期」という時代に入ったからだと思われる。
 ゲルマン人の大移動や〈五胡十六国時代〉成立のカギは、地球の気温が下がったため、暖と食糧を求めた、北方遊牧民の動きに原因があると考えられる。

 

K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味
各時代における、地球の気温変化を表すグラフ 600年前後に注目
借用元 http://ichijin.seesaa.net/article/390389887.html

 

 ところが 7 世紀の時代には、北半球はすでに温暖化の時代へと入っていった。

 

 よって、遊牧民も一定地域に集住しまた農耕民も定住化ができるようになったのであろう。

 

 

〈秦〉と酷似した、隋

 これまで中国とは、循環史観の国であるということは、何度も述べている。

 

 この場合、循環史観〉がおなじパターンの出来事が、異なる時代に重なって見出だせる、という意味ならば、〈〉は、〈秦(しん)〉にそっくりである。

 

 秦はそれまで各地の諸侯が争う戦国時代を制し、紀元前 221 年に中国初の統一王朝となった

 

 そして強力な中央集権体制を敷き、文字や貨幣などの統一をなし、万里の長城建設などで国を護り、かつ対外戦争で領土の拡張を試みた。

 

 しかし秦は、その過酷な土木工事と戦争に国民を徴用したため、各地で反乱が発生し結局はわずか 15 年で滅びた

 

 その後、中国は劉邦(高祖)が興したが支配するところとなり、漢は足かけ400 年間、中国に君臨することとなる

 

 そうした点に着目するならば、まずもまた〈魏晋南北朝時代〉という戦乱期を終わらせ、中国の統一に成功した。

 

 くわえて均田制、租庸調制、府兵制等の政策により、中央集権化を図った。

 

 さらには、苛烈な運河の工事や対外戦争を民衆に強要したため国民の怒りを買って、それが原因で滅亡した

 

 その後、隋の失敗を反面教師とした〈〉が興り、こちらは中世の東アジアを代表する国家として、300 年にわたり中国を支配した

 

 このように古代と中世で、同様の現象が見られるのは、「発展の歴史をもたない国」、中国の特徴である。

 

 ただし「秦-漢」と「隋-唐」の違いは、以下の点にある。

 

 「秦-漢」は基本的に、中国周辺における文化のみを集めたものである。

 

 それに対し「隋-唐」は、ユーラシア全体における文化の集大成的意味がある国家だという事実だ。

 

 この点が、古代国家である「秦-漢」と、中世国家である「隋-唐」の差異だと言える。

科挙制度のもつ意味

 さてところで、隋からは後の中国を代表する社会制度が始まった。

 

 〈科挙〉である。

 

 〈科挙〉とは、官僚に登用されるための試験であり、これは基本的に万人に対し開かれた

 

 隋による科挙制度の導入は、魏晋南北朝時代から続いていた〈九品中正法〉という制度では、有力者の子弟ばかりが受かってしまうという反省から来ている。

 

 科挙は、中国においては20 世紀の清代まで続き、また地域では、ベトナム、朝鮮、日本という、他の漢字文化圏にも影響をおよぼしている。

 

 科挙をモデルにした身分制度は、わが国では明治時代より本格化し、これが現在まで続く〈学歴社会〉の発端となっている。

 

 「だれでも受験資格は得られる」という点では、科挙は平等で画期的である。

 

 しかし科挙からは、これまでのページでも指摘してきた、中国という国の特徴が顕著に見て取れる。

 

 それは、「平等であるが、自由がない」点と、「〈中世〉を経ずに、〈古代〉の段階で〈近代〉を実現している」という点である。

 

 まず最初の観点であるが、科挙の合格者は、一時期は 3,000 人に 1 人という割合であった。

 

 それほどの試験を合格するためには、受験者は当然に他の生活上のあらゆるもの、をあきらめなければならない。

 

 すなわちそには、“自由”がない。

 

 また、試験に合格したところで、“官僚”にはなれるが、それは“宦官(かんがん)”同様、皇帝のロボットとも言えるもので、〈自由意志〉をもつことは許されない。

 

 くわえて時代により、皇帝が不在、もしくは無能だったとき、中国では官僚が指揮権をもった時代はある。

 

 しかし官僚は「頭でっかちの、世間知らず」なため、適切な政策を打ち出すことは、ほとんどなかった。

 

 端的に述べれば失政続きで、民を苦しめるだけなのだ。

 

 および官僚側にしても、もし権力や富を独占できたとしても、それは個人の恣意により濫用するだけである。

 

 つまりは万人から搾取したものを、ほんの一部の人間が勝手気ままに蕩尽するというだけであり、「真の自由」とは、ほど遠いものと言える。

 

 なぜならまず、“自由”とはとらわれ”のない状態を指すからだ。

 

 財産や権勢に固執している様子は、逆にまったくの“不自由”である。

 

 そうしたわけで、「万人に門戸を開く」という科挙の発想自体は、たしかに“近代的”かもしれない。

 

 しかしその結果として得られるものは、受験者本人にとっても、まわりの人間にとっても、「不自由きわまりない」という、皮肉な結果を生むのである。

 

K隋の成立と興亡-中国に再度、統一王朝ができた意味
科挙の受験者
借用元 http://web.joumon.jp.net/blog/2009/10/944.html

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管理人 水無川 流也