「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

Dローマ教皇と国王-特異な二重支配体制-権威と権力の分掌 Dローマ教皇と国王-特異な二重支配体制-権威と権力の分掌

○教皇は太陽、皇帝は月―インノケンティウス3世

「二重支配体制」とは?

 日本と西欧の歴史が、酷似しているということは、よく言われる。

 

 これを端的に述べるならば、両者とも歴史の始原から現代まで、政治や経済や社会の制度が発展してきたことを指す。

 

 たとえばまず政治体制を見れば、日本でもヨーロッパでも歴史のなかで“自由民”が増加し、それに反比例するかたちで“隷属民”が減少していった。

 

 また経済においては、日本、ヨーロッパともに“市場”が生まれ、最終的にはその“市場”が国際的なマーケットにまで進展したことが挙げられる。

 

 日本とヨーロッパの歴史が他のものと比べ異質なのはそのような社会の成長が、古代(中世)から現代まで継続されている点にある

 

 他の文明を見ると、ほとんどが歴史のある一時期に黄金期をむかえ、それ以降は衰退していくのに、である。

 

 これはたとえば、古代のエジプト、中世のイスラム国家を見ればわかる。

 

 ではなぜ、日本と西欧のみ、そうした特殊な歴史の形態をもつことができたのか?

 

 まず両者に共通して言えることは、その特異な権力構造にある。

 

 それは宗教的な権威(天皇、ローマ教皇)と、世俗的な権力(将軍、国王・諸侯)が分離しているということである。

 

 こうした構造をもった国家は歴史上、一部の騎馬民族によるものをのぞけば、日本と西欧にしか見られない。

 

 この社会システムの長所は、まず独裁を避けることが可能なことにある。

 

 というのは、この体制の下では、権力者側はつねに、権威により承認されなければ、自己の権勢は成立しない。

 

 また権威側にとっても、自分が権力をも掴もうとすれば、それは越権行為として権力側や民衆からの弾圧を受ける。

 

 ところで立法・行政・司法からなる〈三権分立〉は近代になって発明された、権力の相互監視による、独裁の阻止を目的とした制度である。

 

 しかし上記のような権威・権力による〈ニ権分立〉が機能していれば前近代社会においても権力の暴走を止めることができるのだ

 

 くわえてこの〈二権分立〉には、歴史の進展を促進する潜在力があるのである。

 

 なぜならこの機構のかなで、当初は宗教的権威に抑えこまれていた世俗権力が、やがて自分を抑圧する権威から自由になろうとして、力をつけるからである。

 

 および、当初はピラミッド型の支配体制下に置かれた国王以下の階級もまた、権力による圧迫を嫌い、成長するからだ。

 

 このページでは、西洋において、宗教的権威が頂点をきわめた象徴的事件とされる、〈カノッサの屈辱〉までを見る。

 

教会権威の確立

 フランク王国における〈カール大帝〉が、ローマ教皇・〈レオ 3 世〉により戴冠されたとき(800年)より、ローマ教皇と国王の主従関係は成立した。

 

 この結びつきは教皇・国王双方にとって、両得な関係性であった。

 

 なぜなら教皇はこれにより、おなじキリスト教国であるが、反目しているビザンツ帝国に対し、武力的後ろ盾がもて、また自身の教えをヨーロッパに広めることができる。

 

 一方、国王側にしても、自分が統治する地域で、自分の支配を絶対権威により保証されるからである。

 

 これにより、教皇を頂点としたピラミッド型階級制度が、後々ヨーロッパで成立する。

 

 しかし教皇により各地方の“”に任命された聖職者や国王・領主、貴族たちは、教皇の権威のもとに自己裁量権の拡張を試みるようになった。

 

 たとえば、聖職者でない人物をその職に任命したり、納税権を濫用したりといったことをおこなうようになったのだ。

 

 こうした動きに対し、教会側でも 10 世紀以降にクリュニー修道院を中心とした改革運動が始まった。

 

 教皇・グレゴリウス 7 世は、叙任権(=聖職者を任命する権利)を、世俗権力から取りもどし、教皇権の強化につとめた。

 

 一方、神聖ローマ皇帝・ハインリヒ 4 世は、これに反発した。

 

 こうした教皇と皇帝の争いを、〈叙任権闘争〉と呼ぶ。

 

 グレゴリウス 7 世はハインリヒ 4 世を破門したため、ハインリヒ 4 世は完全に周囲から孤立した。

 

 ハインリヒ 4 世はついに皇位剥奪の危機に瀕したため、1077 年にイタリアのカノッサグレゴリウス 7 世に謝罪し、許された

 

 この事件を〈カノッサの屈辱〉と呼ぶ。

 

Dローマ教皇と国王-特異な二重支配体制-権威と権力の分掌
カノッサの屈辱 中央の人物が、ハインリッヒ 4 世
借用元 http://blog.livedoor.jp/alpenpass/archives/51210968.html

 

 ところがその直後、ハインリヒ 4 世はグレゴリウス 7 世に対する敵対行動を開始した。

 

 ついにハインリヒ 4 世は武力により、グレゴリウス 7 世をローマから追放することに成功した。

 

 しかし結局は彼自身も、周辺諸侯と敵対することとなり、皇位を剥奪された。

 

 その後、教皇権は強化され、13 世紀のインノケンティウス 3 世のときに絶頂をむかえた

なぜ「教皇独裁」は、長く続かないのか?

 こうした宗教的権威による、世俗権力の併合は歴史を見るかぎり長続きはしない

 

 次のページでも述べるが、インノケンティウス 3 世による「教皇の権力専横」は、13 世紀末に終わる。

 

 当時の教皇・ボニファティウス 8 世が、フィリップ 4 世により教皇領から拉致された、〈アナーニ事件〉の結果、教皇の権威は地に堕ちた。

 

 つまり教皇が世俗権力をも確保できていた時代は、100 年ともたなかったのである。

 

 ところで上述したように、西欧と同質の社会構造をもつ、わが国・日本でも、同時代に宗教的権威である天皇家が、直接的に権力を握ったことがある。

 

 それは 1086 年、〈白河天皇〉が、天皇を見守る〈上皇〉という地位につき、政治の実権を確保した〈院政〉を指す。

 

 この〈院制〉は、三代の上皇により受け継がれたが、こちらもやはり 100 年ほどで終わった。

 

 それにしても驚異的なのは、わが国と西欧との、歴史上における〈共時性=シンクロニシティ〉である。

 

 なぜなら社会体制における変化のあり方はもちろんその時期まで一致しているからである。

 

 そしてともかくも、日本でも西欧でも「宗教的権威による、世俗権力の把握」は、安定した政治体制とは成りえなかった。

 

 それは、なぜか。

 

 その理由はまさに、宗教的権威者が権力を保持するにあたり、直接的に“武力”を用いたからである。

 

 ヨーロッパの教皇も日本の上皇も、〈騎士〉や〈武士〉といった武力を背景に権力を維持した。

 

 しかし時代の進展とともに、そうした“武力階級”自体が力をもち始める。

 

 この場合、ヨーロッパでは〈国王〉であり、日本では〈侍〉がこれに該当する。

 

 するとやがて、そのような“武力階級”は、宗教的権威ではなく、自身が国を統治するべきだと主張するようになる。

 

 またそうして彼らは、自分たちによる支配の正当性をイデオロギーや社会的身分を背景に訴え始める

 

 ここを端的に例証すれば、ヨーロッパでは〈王権神授説〉であり、日本では〈征夷大将軍=“日本東方を、武力により統治する責任者という役職”〉である。

 

 元来的にはローマ教皇も天皇(上皇)も、自身が「力の象徴」ではなく、あくまで「武力の任命者」のはずである。

 

 つまりローマ教皇や上皇が、「自ら武力を保持していること」自体が矛盾なのだ。

 

 よって教皇や上皇は、武力階級が伸長し、その勢力が自身を上回るものになれば、自分が生き延びるためには再度、「武力の任命者」に戻るほかない。

 

 西欧でも日本でも、このようにして「実権を握った権威者」は、皮肉にも自身が頼った「武力者」により、もとの「ただの権威者」へと還されたのである。

 

 しかも、当初にもっていた“実権”を、おおいに減らされるかたちで。

 

 最後にもう一点、ここでその後の西欧と日本を比べると、以下の差異が見られる。

 

 西欧では教皇の権力を支えた勢力のひとつである“騎士”は、近世以後は兵器の発達により、消えていった。

 

 一方、わが国・日本では、院政を助けた“武士”階級は、“近世=江戸時代”まで、国の支配者であり続けた。

 

 そのおもな理由は、わが国の江戸時代は平和な時期であったので、武器の進化がなかったためだ。

 

 したがって戦士階級である武士は、その存在意義をおびやかされることがなかったのである。

 

 そのかわりわが国では、「武士とは何か、武士とはどうあるべきか」、「武士による戦闘の技術とは、どうあるべきか」という問いがなされた。

 

 その結果、西洋にはない〈武士道〉、〈武道〉という文化が、わが国では生まれたのである。

 

 

 

 

 

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管理人 水無川 流也