「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

Fイスラム教の誕生と本質-なぜ時代はイスラム教を必要としたか Fイスラム教の誕生と本質-なぜ時代はイスラム教を必要としたか

○アッラーは商売はお許しになった、だが利息取りは禁じ給うた―コーラン

現代におけるイスラム教の位置づけ

 現代とは「文明の対立」と呼ばれる、国家間、および宗教間での争いが絶えない時代である。

 

 21 世紀に入ってからは、〈キリスト教国家〉と〈イスラム教勢力〉の国際的な対立が顕著化した。

 

 これは前世紀後半における最大の脅威、〈東西冷戦〉が終結した直後から顕著化したものである。

 

 この紛争の特徴は、イスラム教勢力側が“国家”というかたちをもつ場合もあれば、“テロ組織”という非合法団体として、直接的に敵国の一般市民をも標的にすることもある。

 

 ただし非戦闘員への攻撃という点を述べれば、キリスト教国家側も戦闘時に容赦なくおこなうこともある。

 

 東西冷戦時も中東には、イスラエルとアラブ連盟による〈パレスチナ戦争〉は存在した。

 

 またそれ以外にも、8 年間にわたる〈イラン・イラク戦争〉などがあり、中東はずっと紛争の火薬庫であった。

 

 ではなぜ、キリスト教国家とイスラム勢力は相争うのか?

 

 これを端的に答えるなら、まず〈イスラム教〉とは「中世の原理で成り立っている宗教」である。

 

 これに対し〈キリスト教〉とは、現代のものならば、カトリック・プロテスタントを問わず「近代的価値観」で形成された原理である。

 

 よってイスラム教、キリスト教、ともに“現代”という時代から見れば、すでに時代遅れのイデオロギーなのである。

 

 そのなかにあり、キリスト教国家は“近代”において世界全体を支配した。

 

 および、“現代”と“近代”を隔てる明確な線引きは存在しない

 

 したがって“現代”という時代は、あいまいな近代”の延長として現象する

 

 だから近代に世界を統治した西洋列強は、惰性により現代の指導者と成りえているのである。

 

 そうした国々は、時代にふさわしい指針を示すことはできない。

 

 なぜなら、「国家の原理=キリスト教」自体が、すでに古びているからである

 

 こうした情勢において、イスラム教とはキリスト教以上に旧弊な宗教である。

 

 というのは前述したように、イスラム教とは“近代”以前にあたる、“中世”の論理により規定された教えだからである。

 

 よって、現代におけるキリスト教とイスラム教間の「文明の対立」とは、以下のような図式で表される。

 

 「旧弊な理念で世界を支配する国家群に対し、それよりさらに旧弊な価値観にもとづいた集団が、武力により抗議を展開し、両者が抗争する状態」である。

 

 では、イスラム教とはいかに生まれ、どのように広まったのか見てみる。

 

Fイスラム教の誕生と本質-なぜ時代はイスラム教を必要としたか
現代におけるイラク戦争
借用元 http://blog.goo.ne.jp/watapi_1968/e/2b9089ecf3e66a760b8f5944f9de8d96

イスラム教の誕生

中世初期の段階において、アラビア半島にある〈メッカ〉という都市は、周辺の帝国が国力を落としたため、貿易の中心地となっていった。

 

 そんななか、平凡なアラブ商人である〈ムハマンド=マホメット〉は610 年、自分を「神(=アッラー)の預言者」と呼び、〈イスラム教〉の布教に乗り出した。

 

 イスラム教とは厳格な一神教であるため偶像崇拝をおこなう多神教である他宗教を厳しく批判した

 

 622 年、ムハマンドは迫害から逃れ、メディナという都市でイスラム教の共同体、〈ウンマ〉を設立した。

 

 これを〈ヒジュラ〉と呼ぶ。

 

 630 年、ムハマンドはメッカを征服し、〈カーバ神殿〉を建て、当地をイスラム教の聖地とした。

 

 その際、アラブの諸部族のほとんどはイスラム教へと帰依した

 

 またムハマンドのもとに、20 年にわたり啓示された「神の言葉」は、アラビア語で『クルアーンコーラン』として集大成された。

 

 『コーラン』はアッラーへの絶対服従を説いており、その内容は信仰生活はもちろん、政治、社会、文化すべてについて言及されている。

 

 つまりコーランにあっては、“聖”と“俗”が区分されず、信者の全生活活動が教義の対象となるのである。

 

Fイスラム教の誕生と本質-なぜ時代はイスラム教を必要としたか
世界中のイスラム教信者が集う、メッカのカーバ神殿
借用元 http://japanesesymbolsofpresence.com/jp/jp_祭り.html

ムハマンド登場時における、メッカと世界の情勢

 当然のことだが、歴史上のあらゆる思想や宗教は、時代の必然性により出現する。

 

 その場合、ある地域や国を円滑に治めるためのイデオロギーが観念的な様相を呈して現われるのが、宗教である

 

 ではまず、ムハマンドが布教を始めたときのメッカやアラブ世界は、どういう様子であっただろうか。

 

 まずメッカだが、こちらはたしかに貿易により栄えたがその分かえって貧富の差が拡がった

 

 また当時の中東地域は、人種構成が都市定住民遊牧民族の二重構造になっていた。

 

 よってその時代のアラブでは、金持ちと貧者、および都市住民と遊牧民といった両極の人種がひとつの思想によりまとめて統治される必要があった

 

 そうでなければ、富の偏在や価値観の相違により、異なる身分の者たちが共存できないからである。

 

 イスラム教は、その点をクリアしている。

 

 なぜならコーランによると、万民は唯一神アッラーの前に平等だからである。

 

さらに、そもそもイスラム教とは、商業の宗教である。

 

 つまりは信者が商人であることを前提に、イスラム教とは成り立っている。

 

 ならば商行為をなすにあたり、各地域が分裂しているの、好ましくない。

 

 そうなると、国ごとに税関が設けられ、通貨も異なってくるからである。

 

 よって、広い領域がひとつの原理によりまとまっていることが重要となる。

 

 イスラム教とは、中世における西アジアの、こうした需要に応え得る教えなのである。

 

 くわえて異常気象もまた、イスラム誕生の原因のひとつとなった。

 

535 年、インドネシアの〈クラカタウ〉と呼ばれる火山島が大爆発した。

 

 これにより世界では異常気象が頻発し、農作物が大ダメージを受け、さらにペストなどの疫病も蔓延した。

 

 その災害はアジア一帯に影響をおよぼしたが、とくにアラブに隣接した東ローマ帝国(ビサンツ帝国)が受けた被害は甚大であった。

 

 そうしたことからアラブ地域は東ローマ帝国の勢力より距離を置け、繁栄したのだが、その天変地異は人々に終末観をもたらした。

 

 そのためそれまでのイスラム教以前の多神教ではおよばない、明瞭な来世へのヴィジョンや現世での行動規範となる強靭な宗教が求められたのである

なにがムハマンドを動かしたのか

 では、ムハマンドとは何者でありなにが彼をしてイスラム教を誕生させたのか

 

 まず前述したように、ムハマンドとはクライシュ族という部族の平凡な商人である。

 

 その彼が 40 歳になったころ、ムハマンドは突如として布教活動に乗り出すこととなる。

 

 こうした現象はじつは、近代社会において時代の改革者や革命家らが出現するのと、おなじ意味である。

 

 近代の革命家たちは、事象を合理的に判断し、そこから社会の矛盾点を特定し、行動する。

 

 しかし前近代の人物たちは、物事をありのままに見ることができない。

 

 すなわち彼らは万物を“”というフィルターを通してしか認識できない。

 

 だからこそ彼らは、社会や体制の理不尽さを、直観において神秘的に認識する

 

 ときには幻覚や幻聴を感得しながら、既存宗教の欠陥と新たなる宗教の像を、無意識の領域で模索する。

 

 そうして“革命家”として、自分の像にしたがいながら行動に移すのである。

 

 ムハマンドは当時既存の一神教、ユダヤ教キリスト教のあり方を、商業をつうじ観察していた。

 

 その研究がムハマンドのなかで体系化され、「商人の一神教」として生まれたのがイスラム教である。

 

 またムハマンドが布教を始めてから 20 年にわたり、その教えは神秘的な「神の啓示」として、彼のなかで醸造されていった。

 

 その天啓が一冊の書物としてまとめられたのが、『コーラン(クルアーン)』である。

なぜイスラム教は、「中世の中心的教義」になれたのか

 中世におけるユーラシア大陸の覇者は間違いなくイスラム勢力である

 

 中世のユーラシアを支配した民族として、モンゴル人たちがいるが、彼らは勢いが大きかった分、滅亡も早かった。

 

 現代にまで影響する社会や政治体制、および文化の点まで考慮すれば、イスラム教が残したものは、膨大である。

 

 ではなぜ、イスラム教とは中世において、燎原の火のようにユーラシア全般に拡がったのか。

 

 その回答は、前述したようにイスラム教は「富者と貧者」、「定住民と遊牧民」を教義上、神の前では平等とみなすからである。

 

 イスラム教を受け入れた地域は、ほぼ例外なく社会階級のうえでそうした二重構造をもっていた。

 

 したがって、これらの両者を敵対させず、共存させる必要があったのだ。

 

 そうでなければ、商業を生業とする各部族は立ち行かない

 

 そうしたことから「アッラーの前の平等」を唱えるイスラム教は、中世におけるユーラシアに広範に伝わったのである。

イスラム教の「中世性」

 およびイスラム教の伝播について、まだ数点、述べる必要がある。

 

イスラム教がユーラシアで拡がったのは、中世においてである。

 

 中世とは、個人に当てはめれば“少年期”に該当する。

 

 このことはAビザンツ帝国の人民支配を正当化する、ギリシャ正教のページにおける最終章、「〈イコン〉〈モザイク壁画〉という、中世的美術」で述べたので、参考にしていただきたい。

 

 まず“少年”とは、どういう存在か?

 

 はじめに少年は幼児と異なり、言葉を理解できる。

 

 ところが少年とは青年や大人のように、物事を“論理”で把握することはできない。

 

 よって少年に対しなされる教育とは、言葉による“教化”である

 

 たとえば「正しい洋服の着方は、こう」、「学校にもっていったらいけないものは、あれこれ」という具合にである。

 

 ところでコーランとは、信徒の信仰生活に留まらず、社会や文化のあり方までも、〈アラビア語〉という言葉により言語化されている。

 

 たとえば先述したように「豚肉を食べるな」、「決まった日には断食しろ」等である。

 

 この点こそが、イスラム教の本質である。

 

 中世の人間とは“少年”であるのだから、彼らの行動を規定するのは、あくまで言語による教化である。

 

 少年とは基本的に管理された存在であり、どのような場面においても保護者たちに監視されている

 

 また、イスラム教が「少年の時代=中世」の宗教であるという証拠は、たとえばイスラム教の“天国観”にも見られる。

 

 コーランによるとイスラム教の教えをまっとうした信徒たちは、死後、天国へと召される。

 

 その天国の描写は、じつに即物的である。

 

 たわわな果実を思うままに食し、酒を飽きるまで飲み、72 人の永遠の処女たちをいつまでも自由にできるといったものだ。

 

 ここにはキリスト教のパラダイス(=天国)に見られるような、「魂の永遠なる休息」といった抽象的な表現は、いっさい見られない。

 

 というより端的に述べれば、イスラム教の天国とは信者たちに対し、こう述べているようである。

 

 「地上でがまんしていい子にしていたら天国では現世で禁じていたものを、存分に楽しませてあげるからね」。

 

 “少年”に対し規範を守らせるのに有効な手段は、理屈で「共同体維持の大切さ」を説くことではあるまい。

 

 そうではなく、刹那的な“ご褒美”を目の前に差し出すことである

 

 そう考えると、イスラム教における天国観の快楽主義的な様子は、簡単に理解できる。

 

 よってイスラム教とは“少年”を対象とした宗教なので、信者の生活を“聖”と“俗”に関係なく、あらゆる状況にわたり“神”からの指示が出されているのだ

 

 この点こそ、イスラム教の本質であり、またイスラム教が中世世界における中心になりえた理由である。

 

Fイスラム教の誕生と本質-なぜ時代はイスラム教を必要としたか
イスラム教の天国観
借用元 https://www.youtube.com/watch?v=NhmHK2EminE

商行為の重要性

 イスラム教の始祖、ムハマンドが商人であったことは、イスラム教を理解するうえで重要である。

 

 そうした理由からまず、キリスト教では禁止されている商行為がイスラム教では許されている

 

 この点もまた、イスラム教のもつ強みである。

 

 なぜなら同時代のヨーロッパやビサンツ帝国は、封建制が敷かれていたため、自由な商行為がとれなかった。

 

 しかし商売により各地を移動するならば、そのことはすなわち「交通”を支配する」ことになるからである。

 

 たしかに商行為は、直接的に生産手段には関与しない。

 

 しかし商人は、商品を運ぶ過程で交通を使用する。

 

 ならばその商業ネットワークが広範であるほどに、商人たちはその範囲内で力を振るうことができる。

 

 なぜなら、生産のみをおこなっている国や民族は、ただ製品をつくるだけであり、そこから出られないからである。

 

 しかし商業ネットワークが活用できれば商品と同時に有益で新しい情報なども入手することができる

 

 この点こそが、イスラム教勢力の強みであった。

 

 しかしムハマンドは、“商業”は許しても“金融”は認めなかった。

 

 ちなみに“金融”とは、端的に述べるならば、利息をつけて金銭を人に貸すことである。

 

 ところで金融業は近世以降、膨張を続け、金融業者は事実上の世界的支配者にも成りえた。

 

 そして近代において金融がもっとも盛んになった地域とは、ヨーロッパ、アメリカである。

 

 こうした事情からイスラム教勢力は近世以後に衰退していったのである

 

 またこの点が、イスラム教の限界でもある。

関連ページ

@ヨーロッパにおけるゲルマン民族大移動-原因と結果
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@フランク王国の成立と実態-西洋中世の完成と、文明の程度
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@フランス、イタリア、神聖ローマ帝国の形成と、今日のヨーロッパ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@封建制度と自由都市が、近現代経済体制をつくった
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@中世キリスト教文化が、キリスト教否定を招くという矛盾
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@西洋中世文化という少年期-“聴覚”の重要性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Aビザンツ帝国の人民抑圧を正当化する、ギリシャ正教
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Aビザンツ帝国の、興亡と盛衰-朽ちていくことが宿命
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Aビザンツ帝国の、歴史的意義と発展段階-文明の仲介者
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Aスラブ諸国の形成と特徴-彼らはなぜ、専制的なのか?
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Bヴァイキングの活動-忘れ去られた、真の西洋の支配者
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Bヴァイキングの歴史的意義-その本質は、「海の騎馬民族」
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
C十字軍 -「文明の衝突」の原点-逆転する時代の覇者
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
C十字軍-和解不可能なキリスト教とイスラム教の原点
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Dローマ教皇と国王-特異な二重支配体制-権威と権力の分掌
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
D教皇権の盛衰と、国王権の伸長-近世的社会を準備
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
E英仏百年戦争と、議会の成立-王権の強化を生む
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
E百年戦争の原因と経過と結果-近代ヨーロッパの構図を形成
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Eバラ戦争が決定づけた、イングランドとスコットランド
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Fスンナ派とシーア派の差異-ペルシャ文明の関与
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
F.『コーラン』の構造に見る、ムスリムの行動原理
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Gアッバース朝と後ウマイヤ朝-中世の覇者、中世西洋の抑圧者
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Gトルコ系王朝という、中世・近代西洋の「最強仮想敵国」
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Gインド、東南アジアにおける、イスラム教の伝播-人口増加を呼ぶ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
G.アフリカ大陸の通商路をつくった、イスラム王朝
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Hイスラム文化と、その本質-〈古代〉と〈近代〉の媒介者
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
H神秘主義という、イスラム教の「正統的異端者」
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Hイスラム文学から読み解く、中世世界-聴覚優先
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Hイスラム文化 -造形美術と音楽-イスラム芸術の特殊性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
I東南アジア諸国における、共通した特性
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Jベトナム-中国(漢字)文化圏 -強国支配に対し、抵抗
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
I東南アジアにおける、上座部仏教(小乗仏教)の浸透
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Iタイ、カンボジア等で、なぜ仏教は受容されたか?
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Iマレーシア、インドネシア-近代化できたイスラム教国
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Iフィリピン-ラテン・アメリカに近い、カトリック文化圏
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。

管理人 水無川 流也