「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

@封建制度と自由都市が、近現代経済体制をつくった @封建制度と自由都市が、近現代経済体制をつくった

封建制度とは、何か?

 西洋史、東洋史、日本史を問わず、歴史を学ぶとどうしても〈封建制〉という概念を理解する必要が生じる。

 

 ところが史学においては、〈封建制度〉に対する厳密な定義は存在しない。

 

 というのは、あつかう事象が西洋史か東洋史か、はたまた日本史かで、〈封建制〉の意味が異なってくるからである。

 

 どうしても〈封建制〉を、最大公約数的に定義づけようとすれば、ほぼ以下のようになる。

 

 「前近代社会における主君と臣下の関係性のあり方」。

 

 この観点から見れば、西洋における封建制度とは、主君と臣下の“契約”にもとづいていることが特徴である。

西洋における封建制度

 “契約”による封建制度が意味するものは、主君と臣下双方がひと通りの義務をもつということである

 

 たとえば主君である王や諸侯などは、臣下である騎士などに一定の領土をあたえ、身分を保証する。

 

 その代わりに臣下は主君に対し、軍事的な義務を果たす、といった性格である。

 

 この場合臣下は、主君の服従に対する拒否権があり、さらに複数の主君をもつことができた。

 

 つまり西洋における封建制度とは、たしかに“契約”が成立した時点で主君と家臣のあいだで主従関係が発生する。

 

 しかし契約を交わす段階においては、基本的に両者は対等な関係にあるのである

 

 こうした主従関係は、高校の歴史教科書ではローマの〈恩貸地制度〉とゲルマンの〈従士制〉に起源があるとする。

 

 しかしながらそれ以上に重要なものは、キリスト教・ユダヤ教に見られる、「人間と神との契約」からの影響であろう。

 

 これはキリスト教・ユダヤ教における“契約”の概念が、ヨーロッパにキリスト教が広がるにつれ、浸透していったと考えられる。

 

 ユダヤ教を信じるユダヤ人たちは古代より、砂漠に生きる遊牧民であるという性格から、いやおうなく商業にたずさわっていた。

 

 よって“契約”という観念が、宗教上の規範にまで昇華しても不思議ではない。

 

 それなのにユダヤ教は、商業を否定する宗教である。

 

 太古のユダヤ人(=ヘブライ人)はパレスチナの弱小民族だったため、当地に自分たちの大国を建立するのが夢だった。

 

 そんな彼らにとっては、商業とは他民族と交わることであるから、極力避けたいものであったのだろう。

 

 しかし皮肉なことに、古代のヘブライ人たちは商業により生計を立てざるを得なかった。

 

 またこれも皮肉なことだが、ユダヤ人たちは中世のヨーロッパで、おもに商業にしか就けず、結果的に近代にはその商行為により財を成すことになる。

 

 なぜ中世ヨーロッパで、そのように商業が差別的にあつかわれたかといえば、商行為とは封建社会を危うくするものだからである

封建社会と商業

 封建制度を採用する国であれば、歴史上どこも商人を嫌った。

 

 その理由は、おもに以下の 2 点である。

 

 

@ 商人は直接的な“生産”にたずさわらないから

 

A 商人は共同体外部から、支配者にとって望ましくないモノや情報を運んでくるから

 

 

 まず封建社会とは、完結した空間での自給自足を前提とする。

 

 ならば @ のように、生産的な労働によらず生計を立てる者がいれば、他の民衆に対し、自分の職業に対する疑念を抱かせるようになってしまう。

 

 また前近代の支配者とは、かならず自国の国民に対する搾取により、自分の身分が成り立っていた。

 

 わかりやすく言うならば、統治者が国民から徴収するものの価値は、彼らが国民にあたえるもの(安全や福祉など)より、はるかに大きかったのである。

 

 ならば支配者にとっては、民衆は最低限の知恵だけもって、できるかぎり愚かでいてほしいのである。

 

 そうでなければ、自分の不当な搾取に気づかれるからだ。

 

 よって支配者たちは、自国領の外部から他国の品や知識でもって大衆に刺激をあたえる商人は、邪魔なのである。

 

 しかしながら、共同体はどうしても余剰物を売り、足りないモノを買う必要がある。

 

 そこでやむなく、商人の存在が不可欠となるのである。

 

 ところが前近代社会における、“必要悪”であるはずの商人の活動は、皮肉なことにつねに社会を進展させてしまう。

 

 たとえば一説によると古代の中国では、黄河の市場に集まった商人たちが、仕事の必要性から〈漢字〉を発達させた。

 

 またわが国の江戸時代は、封建社会であるにもかかわらず市場経済が発達したため、大商人が大きな力をもつこととなった。

 

 そうした商人たちは、江戸幕府を倒した薩長に対する、大スポンサーになった。

西洋中世における封建制の推移

 さて、ではなぜ中世ヨーロッパに封建制度が誕生したのか?

 

 それは中世初期の段階において各土地の所有権が定められていなかったからである

 

 ヨーロッパの歴史とは、〈ゲルマン民族の大移動〉が起こった“中世”から始まる、特殊なものである。

 

 ヨーロッパ各地に定住したゲルマン人たちにとっては、土地がだれのものか、まだ決まっていなかったのである。

 

 ヨーロッパ初の大国、フランク王国が分裂した後なら、なおさらである。

 

 それにくわえ、西ローマ帝国の滅亡により“貨幣”が意味をもたなくなってきた。

 

 なぜなら“貨幣”とは、それを発行する機関の信用で成り立つからである。

 

 国が滅んでしまえば、当然に貨幣も価値を失う。

 

 そこで各地の有力者は、自分の領地内に完結した自給自足の生産体制を築き、ひとつの領土とした。

 

 ところがもちろん、当時においては全ヨーロッパを管轄する法律などない。

 

 つまりそこはほぼ無法地帯であり、治安はすこぶる悪い。

 

 そうしたことから、領主は“騎士”という武力の所有者を必要とした。

 

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中世騎士 イメージ
借用元 http://homepage2.nifty.com/lame-ru/amerika/7amerikans/7amerikans.htm

 

 そうして領主と騎士のあいだに、〈封建制度〉という契約関係が成立したのである。

 

 またそのように、領主と騎士により管理される土地を、〈荘園〉という。

 

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中世における荘園 イメージ
借用元 http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-entry-439.html

 

 フランク王国分裂後、ヨーロッパにはしばらく強力な中央集権が現われなかったので、各領主たちは実質的に国王にならぶ力をもっていた。

 

 このような荘園と武力階級の成立過程は、わが国における“荘園”と“武士階級”が形成される経過と、まったくおなじである。

 

 わが国では荘園は、豊臣秀吉による〈太閤検地〉まで続くこととなる。

 

 一方、西洋では、14 世紀ごろに貨幣経済が再度、盛んになり、荘園間の交通が発達してくると、荘園はじょじょに存在意義を失っていった。

 

 つまり荘園とは、古代の貨幣経済体制から近代の貨幣システムへ移行するまでの共同体の中間的あり方といえる。

荘園の構造

 荘園内部はほぼ自治共同体であり、衣食住のすべては、そのなかで満たされる仕組みであった

 

 ただそこで大多数の人口を占める農民は、わずかな権利しかあたえられていなかった。

 

 荘園の農民たちはもともと、「コロヌス」と呼ばれるローマの没落市民や、ゲルマンの没落農民であった。

 

 そのため彼らは“農奴”としてあつかわれ、領主の意思により支配された。

 

 それでも、非常に制限されたものとはいえ、婚姻や財産所有の権利が認められていたところはローマ時代の奴隷よりは発展した身分であった

 

商業の復活

 11 〜 12 世紀にかけ各荘園の生産能力が向上すると荘園間での余剰作物の交換が活発になった

 

 また十字軍の影響で、地中海付近の交通が発達してきた。

 

 このような理由から、古代の終焉によりいったんは衰えた貨幣経済が、再度、活性化した

 

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中世の貨幣
借用元 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ykawa/afr_2000/auberee_note_jp.files/monnaie.htm

 

 この現象はやがてヨーロッパ全域に広がり、各、国や地域は特産品を生産し、それを貨幣を仲介に交換する〈商業ルネサンス〉が興った

 

 商業ルネサンスは、この後に本格化する近代資本主義の基盤となる

〈自由都市〉の成立

 中世中期よりの商工業の発達により富を得た、新興の市民たちは、封建領主より独立した、〈自由都市〉をヨーロッパ各地でつくるようになった

 

 これらの都市はやがて自治権を獲得し、封建領主から干渉を受けない、自由な空間として独立していった。

 

 多くの自由都市間では政治上、経済上のさまざまな同盟を結び、やがてその勢力は封建領主たちをも上回るようになっていった。

 

 またこれらの都市は、一種の「アジール=逃避所」としても機能した。

 

 荘園から逃げてきた農奴たちも、都市のなかに住めば、一定の自由を得ることができたのである。

 

 さらにこれらの都市の上層市民からは、フッガー家やメディチ家など、近世以降に活躍する富豪も現れた。

 

 また都市のネットワークが大きくなるほどに、都市の住民たちは統一的な権力に治められることを望んだ。

 

 というのは、市場が一元的で巨大なものであるほど、商業には好都合だからである。

 

 その理由は、そうした体制の下では、商行為のための移動の安全も保障される

 

 それにくわえ、大きな権威により商品が保証されていれば、自分がモノを売る側でも買う側でも、安心感がもてるからである。

 

 そのため、そうした気運は後の絶対君主誕生への布石となった。

 

 これらの都市は後に王政の行政区間として機能することとなる。

 

 とくにイギリスやフランスで、その例は顕著であった。

 

 また自由都市が繁栄するのに反比例して、各地の荘園は廃れていった。

 

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中世都市の様子 まわりを城壁に囲われ、ひとつの完結空間となっている
借用元 http://yo-roppatabiannai.seesaa.net/article/370142812.html

封建社会の衰退

 14 世紀ごろよりヨーロッパで貨幣経済が本格化したため封建社会は成り立たなくなっていった

 

 なぜならそれにともない、市場ができたからだ。

 

 すると農民でも、自分の所有物を貨幣に換えることができるため蓄財が可能となり、経済力をつけられるようになったというのが、その理由である。

 

 また 14 世紀には、「中世の温暖期」と呼ばれる時期が過ぎ去り、ヨーロッパ各地は寒冷化した。

 

 それにより農村は、凶作や飢饉に見舞われた。

 

 くわえて同時期に疫病も発生したため、農業人口はますます減っていった。

 

 こうした事情により封建領主たちは、農奴に対する対応をゆるめていかざるを得なくなった。

 

 また領主たちが農民を強権で抑えこもうとしても、農民たちには経済力と団結力があるため、逆に一揆を起こされた。

 

@封建制度と自由都市が、近現代経済体制をつくった
有名な農民一揆、ジャックリーの乱(1358)
借用元 http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/ジャックリーの乱

 

 そのような事情により、農民の地位が向上すると、相対的に領主は没落していった。

 

 また領主につかえていた騎士も、大砲や銃など兵器の発展により、活躍の場がおおいに減少した

 

 こうして中世において主流だった封建制度は、姿を消していくこととなる。

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管理人 水無川 流也