「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

@ヨーロッパにおけるゲルマン民族大移動-原因と結果 @ヨーロッパにおけるゲルマン民族大移動-原因と結果

○余の務めは、聖なるキリストの教会を作ること―カール大帝

〈中世〉の開始を決定づけた、ゲルマン人の大移動

周知のように、4 世紀から 6 世紀の 200 年にわたるゲルマン民族によるヨーロッパ地域への侵入から、ヨーロッパの“中世”は始まる。

 

 そして中世ヨーロッパの成立とは、一般的にその後、ヨーロッパにキリスト教が浸透することまでを指す。

 

 まずゲルマン人たちは、375 年から本格的に古代ローマ帝国へ移住してきた。

 

 それにより、ただでさえ弱体化していたローマ帝国はついに東西に分裂し、西ローマ帝国は 476 年に滅亡した

 

 一方の東ローマ帝国はその後、1,000 年間にわたり、細々と生き残ることとなる。

 

 ここでヨーロッパの歴史について注意すべきは、古代ローマ帝国の領土と〈ヨーロッパ〉の領域とは、かならずしも一致しないということである。

 

 ローマ帝国の国土は、基本的に地中海周辺を指す。

 

 よってローマから見た場合、現在の欧州地域は「未開」、もしくは「辺境」の土地であった。

 

 とすれば、ヨーロッパの歴史とは“中世”から始まるという、特殊なものである。

 

 ちなみにこの時代は、わが国・日本では大和朝廷が成立し、歴史の歩みが始まった時期である。

 

 なにかと類似性が比較されるヨーロッパと日本の歴史であるが、こうした点も一致しているのは、興味深い。

 

 その前提に立ち、これより西洋の中世史を見ていく。

 

@ヨーロッパにおけるゲルマン民族大移動-原因と結果
ゲルマン民族大移動 イメージ
借用元 http://hanapooh55.blog40.fc2.com/blog-entry-249.html

 

民族大移動の時代、地球に何が起こったか

 ゲルマン民族の大移動が本格化した 375 年とは、じつは地球規模で気温の低下が始まった年である。

 

 それまでゆるやかに下降を続けていた地球の気温が、375 年を境にその後 100 年以上、本格的な寒冷化に見舞われることとなった

 

 寒冷化の原因はいろいろと考えられるが、もっとも説得力があるのは、「太陽活動の低下」である。

 

 一般に太陽の活動が活発になると、地球は温暖化し、太陽活動が鈍ると、地球は寒冷化する。

 

 そして 375 年とは、太陽活動の低下が始まった年である。

 

 そうした事情から、4 世紀後半とはユーラシア大陸の各地で多くの民族が暖を求め、大移動を始めた時代である。

 

 ゲルマン人もまた、当時は黒海周辺に住んでいたのだが、〈フン族〉という騎馬民族により当地から追われ、西へと移住を開始した。

 

 ちなみに〈フン族〉とは、歴史上つねに中国の脅威であった騎馬民族、〈匈奴〉と同一だという説がある。

 

 および同時期、中国では多くの騎馬民族による侵入で、複数の国家が乱立する〈五胡十六国〉時代の渦中にあった。

 

@ヨーロッパにおけるゲルマン民族大移動-原因と結果
中世における寒冷化を表わした図
借用元 http://blogs.yahoo.co.jp/edy7oceans/39541663.html

ゲルマン人とは、どういう民族か

 さて、ではゲルマン人とはどういう特性をもつ民族だったのだろうか?

 

 これは一概に、単一の民族を指す語ではない

 

 というのは、「ゲルマン民族」という概念が歴史上、現れたのはローマ時代であり、それは当時の〈ゲルマニア〉という地域に住んでいた、蛮族たちの総称であった。

 

 当時の〈ゲルマン人〉に一定の共通性はあったが、おのおののグループにおける血統や習慣は、かならずしも同一ではなかった

 

 またローマ時代の〈ゲルマン人〉を描いた文献は、タキトゥス『ゲルマニア』、カエサル『ガリア戦記』しかない。

 

 それらの著作にしても、「ローマ人という最高の文明民族が、野蛮人であるゲルマン人を見下して」書かれたものなので、内容の信ぴょう性は高くない。

 

 それでもゲルマン人たちの共通した社会形態を述べれば、以下のようなものである。

 

 すでに王、貴族、平民、奴隷などの身分制度は固定されており、猟、漁、および農耕により生計を立てていた。

 

 くわえて重要な議論については、貴族から平民に至る〈民会〉と呼ばれる全体集会で決定がなされた。

 

 および、ゲルマン人たちは農作地の有効な活用法を知らなかったため、より広い土地を求め、ローマ帝国の領域内へと進出していったとも言われる。

 

 また当時におけるゲルマン人の文明は、すでに青銅や車輪つきの馬車を使っており、決して程度の低いものではなかった。

 

 いずれにせよ 200 年にわたる大移動期に、彼らの多くはあるときは平和裡にまたあるときは武力でもって、欧州地域へと定住していった。

 

 フランク族はガリア(フランス)に、アングロ・サクソン族は大ブリテン島(イングランド)に、西ゴート族はイベリア半島(スペイン、ポルトガル)に、といった具合に、である。

 

 その際にゲルマン民族たちは先住民たちと混血し、短期的な王国をつくることで彼らと一体化した

 

 それが現在におけるヨーロッパ各国の民族性や地域性を、形成していったと考えられる。

 

 また、その時点でゲルマン人の多くは、ローマ帝国で異端とされた〈アリウス派〉というキリスト教の流派に帰依していたため、部族全体の統一はなされていたのであろう。

 

 くわえてゲルマン人の起源とは、ユーラシア大陸において強大な勢力であった、騎馬民族のスキタイ人とされる。

 

 一部のスキタイ人が、現在の白人が生まれたとされるコーカサス地方に長く住み着いたため、皮膚が白色化した。

 

 その後、彼らは北上し、北欧やドイツ・フランスの北部、デンマーク等に長期にわたって定住したのが、白人の起源と言われる。

 

ケルト人とは?

 ゲルマン人たちが欧州全域に広がる以前に、ヨーロッパには「ケルト人」という先住民族がいた。

 

 現在では「ケルト人」といえば、アイルランドやスコットランドに生きる少数民族のように思われている。

 

 しかしケルト人はもともと、紀元前 12 〜 6 世紀にかけて中欧で発展した〈ハルシュタット文化〉や、紀元前 5 〜 1 世紀に欧州全域で栄えた〈ラテーヌ文化〉を興していたのだ。

 

 ハルシュタット文化は青銅器時代後期から鉄器時代初期まで、ラテーヌ文化は鉄器時代を指す。

 

 よってケルト人とは、鉄器時代まで歴史を進展させ、かつヨーロッパ全体を支配するほどに進んだ民族だったのである。

 

 ところが現在、われわれがもつ「ケルト人」の概念は、近現代に形成されたものだ。

 

 したがってゲルマン人侵入以前の「ケルト人」たちは自分たちが「ケルト人」であるという帰属意識は、もっていなかったと思われる

 

 また「ケルト人」とは、単一民族ではない。多くの民族や集団からなるグループである。

 

 ゆえにケルト人とは、たまたま同時期の同地域に居合わせた人々の総称にすぎない

 

 そうしたことから、たとえ現在のヨーロッパ文化に、ケルト由来のものがあったとしても、それは特定の民族による遺産ではないのだ。

 

 この構造はちょうど、古代ローマ人たちがゲルマン人たちを「ゲルマン民族」として、各集団の差異を無視し、一括で呼んだのと同じことである。

スラブ民族の形成

 ところで中世初期の民族大移動とは、ゲルマン民族のもののみを指すのではない

 

 現在のロシア人東欧人バルカン諸国人にあたるスラブ民族も、この時代に西進、もしくは南進をし、その結果、現在のスラブ諸国が形成された。

 

 ちなみに現在のスラブ人は、遺伝子検査の結果、スキタイ人の末裔であることが証明されている

 

 またスラブ人は、西欧人とも共通の遺伝子をもつ。

 

 ということはスラブ人とは元来的には西欧人と同系統の人種だということである

 

 また現在における北ウクライナと南ベラルーシの中間に位置する〈ポリーシャ〉は、スラブ人発祥の地である。

 

 民族大移動期には、このポリーシャからヨーロッパ全域にかけ、原始スラブ文化が拡張されていったと考えられる。

 

 その内容は、おもに鉄、および非鉄の金属である。

 

 一例を挙げれば、農機具の重い鋤(すき)などである。

 

 この文化伝播には、金属加工を得意としたスキタイ人の関与があるかもしれない。

 

 もしくは当時のスラブ人がもっていた金属技術は、スキタイ由来のものだったとも考えられる。

 

@ヨーロッパにおけるゲルマン民族大移動-原因と結果
スキタイの金による加工芸術
借用元 http://skythai0619.blog.fc2.com/blog-entry-56.html

民族大移動の終焉

 紀元 7 世紀になると地球も温暖化してきた

 

 するとヨーロッパにおける民族の大移動は、止まった

 

 西暦 375 年から 200 年におよぶ寒冷期は、民族大移動のみならず、様々な厄災をヨーロッパにもたらした。

 

 ヨーロッパには疫病が蔓延し、街やムラはそのまま廃棄された。

 

 また社会体制の面では、侵入民族たちがつくった小国同様、5 世紀前半にフン人のアッティラ大王が興した大帝国も、崩壊した。

 

 そしてなにより、476 年には西ローマ帝国が、ゲルマン人傭兵隊長、オケアドルに滅ぼされた。

 

 しかし 7 世紀に始まった温暖期は、14 世紀ごろまで続く。

 

 この時期にヨーロッパにはキリスト教が行き渡り、それがゲルマンの文明と、ほんのわずかなローマの遺産が融合し、われわれの知る“西洋”になっていくのである。

 

 次のページからは、その過程を見ていく。

 

 

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管理人 水無川 流也