「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

Lローマ帝国の繁栄と衰退、分裂-その根因は一つ Lローマ帝国の繁栄と衰退、分裂-その根因は一つ

◯一切の古代史は、いわばひとつの湖に注ぐ流れとなってローマ史の中に注ぎ、近世史の全体は、ローマ史の中から再び流れ出るということができる−ランケ(ドイツの歴史学者)

西ローマ帝国滅亡が意味するものは?

 紀元 395 年、ローマ帝国は西に分裂した。そして 476 年、西ローマ帝国は北方から侵入してきたゲルマン人により、滅ぼされた。

 

 この史実が、世界史全体のなかで占める意味とは何か? それは“古代”という時代そのものの終焉である。

 

 またなおかつ、“古代”とは前半期がオリエント(東洋)が主導し、また後半期にギリシャ、ローマといった新興地域である西洋が主役の時代であった。

 

 ここから、〈古代西洋〉もローマとともに終わったともいえる。

 

 つまり西ローマ帝国の消滅には、2つの意味があるのだ。第一点が“古代”そのものの幕切れ。もう一点が〈西洋古代〉の終末である。

 

 次の時代である中世では、ユーラシア大陸の主役は、イスラム諸国である。ちなみにイスラム勢力が振興した地域は、「中洋」とも呼ばれる。

 

 そして“西洋”が再び歴史の主役となるのは、少なくとも 16 世紀における宗教改革以後、つまり“近代”である。

 

 ということは西洋は今後、1,000 年にわたり眠りの時間に入る。

 

 またその 1,000 年という時のなかで西洋は、“近代”にむけて再度、爆発するための蓄積をおこなう。

 

 ではここで、五賢帝の時代から西ローマ帝国滅亡までの歴史をふり返る。

 

ローマ史 後期 概観

 五賢帝のうちのひとり、トラヤヌス帝の時代にローマは最大の領土をもつに至った。

 

 また五賢帝の時代は「パックス・ロマーナ(ローマの下における平和)」の時期である。

 

 このときローマの物質的繁栄は、帝国内の属州までおよぶほど頂点を極めた。

 

 しかし五賢帝の最後、マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝の時代よりローマは経済的に行きづまってきた。

 

  3 世紀に入ると、各属州の実力者が自ら「皇帝」を名乗る「軍人皇帝」の時代に入った。

 

 するとローマは求心力を維持するため、それまで弾圧していたキリスト教を認め、最後にはこれを国教化するまでになった。

 

 さらにローマ皇帝たちは専制君主的にふるまうようになったため、ローマの君主制は崩壊した

 

 これにより市民の自由はおおいに制限され、帝国内は官僚的な階級社会となった。それでもローマは、帝国内に侵入してくる野蛮人たちを制止することはできなかった。

 

 さらにはローマは、軍事費や官僚制を支える資金に圧迫された。またそれにともない、予算調達のため重税をかけた属州の反乱を招いた。

 

 だがついにローマ帝国はニ分され、やがて西ローマ帝国はゲルマン人により皇帝を退位させられ、滅亡した。

ローマ帝国 繁栄の理由

 ではまず、ローマはなぜ〈パックス・ロマーナ〉の時代には繁栄を極めることができたのか?

 

 これは『ローマ帝国』のページで述べたとおり、異民族に対する同化政策が功を奏したからである。

 

 ローマは支配した民族に対し、ローマに対する服従さえ誓えば、信仰や習慣を維持する自由を認めた。

 

 また同時にローマは彼らに対し、ローマの物質的豊かさの恩恵を分けあたえた。

 

 おかげでローマの都市文明は、各属州にまでおよんだ。

 

 道路や建築物等のインフラが整備されることはもとより、異民族たちは参政権やローマ市民権までもつことを許された。

 

 Lローマ帝国の繁栄と衰退、分裂-その根因は一つ
ローマの隅々にまで張りめぐらされた、アッピア街道
借用元 http://www7.ocn.ne.jp/~shiraya/travel32.html

 

 だがそのようにローマに繁栄をもたらした同化政策は、諸刃の剣である。

 

 ローマはその興隆とおなじ理由により、衰退・滅亡していったのだ。

 

 そのことを、次章より述べる。

ローマにおける国境警備

 ローマ帝国とは基本的に、中国の歴代諸王朝と同質の文明原理をもつ国家であることは、「ローマ帝国」のページですでに述べた。

 

 ローマと中国における諸王朝に共通して言えることは、帝国が最大領土を獲得した瞬間に、滅亡へと向かう点である。

 

 これは、どういうことであろうか? 

 

 まず第一点として、広すぎる領土をもて余したことが挙げられる。

 

 ローマも中国諸王朝も、帝国が完成すると、かならず国境付近における多大な軍事費が必要となる。

 

 なぜなら、国境の外から侵入を試みる異民族が多数、存在するからである。

 

 だから中国の王朝は、莫大な予算をかけ〈万里の長城〉を築いた。

 

 またローマも、国境近辺に多くの軍隊を置いた。しかしローマの国境はあまりに広い。

 

 これによりローマには、膨大な軍事費がかかることとなった。

ぜいたくな都市生活

 ローマ市民は基本的に、“労働”というものをしなかった。なぜなら労働とは、多数の奴隷がするものだったからである。

 

 ローマにおける奴隷人口の割合は、正直に言って信用できる資料が少ないので、はっきりとはわからない。

 

 しかし推測では、ローマ市内でおおよそ全人口の 3 〜 6 割と思われる。

 

 ヒマをもてあましたローマ市民は、そこで物質的快楽に浸ることを覚えた。

 

 ここは同様に退屈な時間をもちながら、“哲学”を生んだギリシャ人との、大いなる違いである。

 

 なぜそうなったのかと言えば、まずギリシャの場合は“国防”や“政治”など現実的な問題も抱えていたためである。

 

 そのため、市民同士で話し合う必然性が存在したからだ。

 

 しかしローマはすでに地中海全域を支配しており、またギリシャ人と異なり多くの娯楽に囲まれていた。

 

 こうした状況に置かれたら、人はおのずと堕落し、生産的なことをしようとは思わなくなる。

 

 なぜなら「パクス・ロマーナ=ローマによる平和」は、すでに実現されているのだから。

 

 こうした現象は、バブル期におけるわが国を思い起こせば、すぐに理解できる。人は生活のすべてが保証されると、享楽的なものにしか、関心がなくなる。

 

 よってローマでは、市民が入浴やサーカスなど娯楽にふけながら生活することが、当り前となった。

 

Lローマ帝国の繁栄と衰退、分裂-その根因は一つ
ローマの公衆浴場
借用元 http://blog.goo.ne.jp/aerospacemba/e/afe54e95bb1eadb4eed6e88918a9f501

 

Lローマ帝国の繁栄と衰退、分裂-その根因は一つ
剣闘士(剣奴)の試合
借用元 http://www.screenplay.co.jp/books/gradiator/p45-49.htm

 

 しかし言うまでもなく、そうした暮らしにはカネがかかる。奴隷に仕事を押しつけるにせよ、その奴隷たちを管理するためのカネも必要となる

 

 そうしたことからローマでは、生活費の維持と国防のため、属州に重税をかけるようになった。

 

 すると属州からは反発が起こり、ローマの求心力はおおきく落ちる。

“軍人皇帝”とは

 そうした事情から各属州では、当地における実力者たちがローマ皇帝に対し、「自分が皇帝だ」と反旗を翻すようになる。

 

 “軍人皇帝”とはほとんどがローマから異民族撃退のため、属州に派遣された提督たちである。提督たちは当地の住民たちを、野蛮人攻撃のために兵とした。

 

 そのおなじ戦士たちが、今度はローマに対する脅威となった。

 

 この現象もまた、歴代の中国諸王朝が末期に入ると見られたものである。

 

 中国王朝では、中枢権力の力が弱まると、「軍閥」という地方の豪族たちが中央集権に対して、公然と反抗するようになる。

 

 またどれだけ属州を強固に管理しようと思っても、ローマ帝国はあまりに広い。

 

 往年の求心力を失ったローマでは、全属州を支配するのが、むずかしくなってくる。

 

 そうしたことからローマは次に、属州統治のため都市に税金を課すようになった。

 

 すると重税により生活を維持できなくなった市民たちは、ローマを捨て西方へ逃げていった

 

 それにより今度は、ローマは都市部が空洞化することになる。

 

 こうした悪循環によりローマは、帝国内の国力をどんどんと落としていった。

 

 また前述したように、ローマの都市で生きていけなくなった市民たちは西方へ逃げていった。

 

 そして彼らの多くは、落ちのびた土地で大土地経営を始めた資本家のもとで、“コロヌス”という小作人となった。

 

 この“コロヌス”は、中世における“農奴”の起源のひとつと言われる。

ローマ帝国の原理自体が、根底から崩壊

 政治・経済の側面から述べると、ローマは末期にはそのシステムの根底をなす原理自体が揺さぶられることとなる。

 

 まず経済面では、大規模奴隷制=〈ラティフンディア〉によりなっていた生産システムが、〈コロナトゥス〉にとって代わられた。

 

〈コロナトゥス〉とは、元ローマ市民であるコロヌスの労働力に頼る生産方式である。

 

次にローマ皇帝たちは、多数の官僚を使う専制君主制を採るようになっていった。

 

 これによりローマ皇帝は、「あくまで市民に支持された上での、統治者」という大義名分を失った。

 

 まずローマとは、たとえ膨大な奴隷に支えられているとはいえ、“自由”と“平等”が国家の大前提だったのである。

 

 それが経済・政治の両面において覆ったのだ。ならば後のローマは、皇帝や市民たちの我欲のなすままとなろう。

 

 皇帝たちはコロヌスたちを土地に縛り働かせ、税収を確保しようとした。

 

 また市民たちは、ある者は官僚になりたがり、また別の者は働かず、相変わらず「パンとサーカス」を要求した。

 

 この時点でローマは、〈古代的帝国〉から、中国のような〈アジア的専制国家〉へと転落したと言えるだろう。

 

 よってローマ滅亡の原因は、「ゲルマン人の侵入」にあったのではない。

 

 「ゲルマン人の大移動」とは、あくまで帝国崩壊の契機にすぎず、国内はすでに、もう立ち行かないほど腐っていたのである。

 

 ここからローマとは、帝国の繁栄をもたらした同化政策が、そのまま帝国の滅亡を呼んだことがわかる。

 

 ローマは異質な民族や領土を排除せず、帝国内に受け入れた。それにより帝国は、平和に数百年も維持された。

 

 しかし後には異物を吸収しすぎたことにより、ローマは自壊していった。

 

 たとえば異民族に市民権をあたえた結果、国力のあるうちは彼らと共存できた。

 

 しかし国内が乱れると市民たちは、義務を果たさず私利私欲に走った。

 

 また領土も、広い領域をもつことが当初はローマの強みであった。

 

 なぜならそれにより、多くの属州から税収が入り、かつ多様な特産品をローマの市場に送りこめたからである

 

 しかし最後は、その広大な属領がローマのアダとなった。

 

 その理由は、国境が広すぎるためである。

 

 そのため帝国全域を中央政府だけで統治しきれなくなった。その結果、ローマはたえず異民族の侵入におびやかされ、なおかつ属州の反乱を招いたのである。

 

 だがこれは、ローマに限った事例ではない。というより、歴史上のあらゆる国家における滅亡の理由は、同一である。

 

 その繁栄をもたらした原理が行きすぎることが、またはその原則が時代に立ち遅れることが、国を滅ぼすのである。

 

この事象に、例外はない。

ローマ帝国の歴史的意義

 では〈ローマ帝国〉を世界史的に総括すると、どうなるであろうか?

 

 これは冒頭に挙げた、ランケの言葉に尽きる。

 

 ローマ帝国は古代におけるオリエント、およびヘレニズムの文明を集大成し、大帝国として現実化させた。

 

 またローマは、近世以降における西洋文明の源流のひとつとなった。

 

 たとえばローマが生んだ巨大建築物や法概念は、まさにメソポタミアから始まる古代文明の、古代における最終地点と言える。

 

 剣闘士や、パンクラチオンという総合格闘技の試合がおこなわれたコロッセオ。世界最古の、整備された街道であるアッピア街道。『ローマ法大全』にまとめられた法律などである。

 

また多民族が共生するコスモポリタニズム(世界市民主義)という概念は、そもそもはかのアレクサンダー大王の大帝国による理念であった。

 

 アレクサンダーの帝国はすぐに分裂、崩壊したが、その理想はローマに受け継がれ、ローマが現実化したとも言える。

 

 およびローマが遺したものは、ラテン語キリスト教などもある。

 

 これらは、それがなければ〈西洋近代〉がまったく成り立たないというほど、重要である。

 

 例として、聖書におけるラテン語について述べる。西ローマ帝国滅亡から、16 世紀におけるマルチン・ルターによるドイツ語訳聖書が登場するまで、聖書はずっとラテン語で読まれていた。

 

 現代でも聖職者は、ラテン語版の聖書を使う。

 

 これは今日における英語のようなものである。現代ではイギリスやアメリカ合衆国の世界的地位は、全盛期にははるかに及ばない。

 

 しかし〈英語〉という言語は、普遍的な言葉として政治、経済、学問などで世界的に使用されている。

 

その他、古代ローマにおける様々な文物が、イスラム諸国などから輸入されることにより、はじめて〈ルネサンス〉は成立した。

 

 〈ルネサンス〉とは、西洋近代の扉を開いた、文芸運動である。

 

 よって、ローマ帝国の存在意義を新たに格言化すると、以下のようになろうか。

 

「古代におけるすべての道は、ローマに通ず。近代におけるすべての道は、ローマから発する」

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管理人 水無川 流也