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F古代ペルシャ-史上初の国際的国家-発展と自由の文明 F古代ペルシャ-史上初の国際的国家-発展と自由の文明

○われわれは自分の欠点は棚にあげて自分を愛しているのだから、友人も自分同様に愛すべきである―キュロス2世

内的発展性をもつ地域、ペルシア

ペルシアとは、現在のイランとその周辺地域を指す語である。イランが「イラン」という国家として成立するまでの同地域は、「ペルシア」と呼ばれていた。

 

 この地帯は太古の歴史をもちながら、支配民族や宗教を変えていった波瀾万丈の地である。

 

 広義には古代メソポタミアもここから興り、歴史上、シュメール人、アッシリア人、ペルシア人、アラブ人がこの区域を主導した。

 

 「古い歴史をもちながら、現在まで存続している国」とは、中国やインドもあてはまる。

 

しかしこの地域が中国インドと異なる点は、宗教や社会の体制やなどが中世まで発展していったところである。

 

 ここは当サイト内における「Dインダス文明とカースト制度-現代インドの原点」と「E黄河文明-発展なき中国文明・文化の起こり」のページを参考にしていただきたい。

 

 まずインドと中国はまったく正反対の理由で、歴史的進展が阻害された。

 

 インドはその宗教があまりに観念的で植物的すぎたため、ついに現実的な社会体制を構築できなかった。逆に中国は、あまりに宗教性がなさすぎたため、元来なら宗教により引き上げられるべき国家体制や学問などが停滞したままであった。

 

 ペルシア地域は、その点を克服している。あくまで「中世まで」という限定つきだが、その時代に合った宗教や社会を生み出し、新たな歴史に対応してきた。

古代ペルシア史 概略

 念のため申し上げておくと、当記事であつかう「ペルシア」とは、西アジア地域一帯である。

 

 歴史的に特定のエリアを示す便宜上、この見方をとることにする。

 

 まず最古の文明、メソポタミアが滅亡した後、その北部にいまから 4,000 年ほど前にアッシリア王国が興った。

 

 アッシリアは典型的なアジア的専制国家だった。王が強権をもち、武力で専制的に内政や戦争をおこなった。

 

 アッシリアは暴政のため長くは続かず、やがて王国は 4 つに分裂した。だがその後、紀元前 6 世紀ごろにペルシア人によるアケメネス朝が、西アジア一帯を統治するようになった。

 

 そのアケメネス朝は紀元前 334 年に、マケドニアアレクサンダー大王に滅ぼされた。

 

 しかしその後、紀元前 2 世紀にはペルシア系のパルティアが、また紀元 3 世紀にはおなじくペルシア人によるササン朝が勃興し、当地を治めた。

 

 ササン朝は 7 世紀に新興のイスラム勢力に滅ぼされるまで続いた。

ペルシア帝国の国際性

 アケメネス朝勃興以後に発生したペルシアの諸王朝に見られる特徴は、他民族に対する寛容性である。

 

 アケメネス朝は地中海での実権を握るため、海上貿易を生業とするフェニキア人を保護した。

 

 またアッシリアで捕らえられていたヘブライ人(現在のユダヤ人)を開放し、彼らを故郷イスラエルへと返してやった。

 

 その一方で、国内の道路を整備し、国内各地の情報が王に届くような情報網を整備した。

 

 さらに文化面でも、ギリシアや中央アジアのものを融合した工芸品や美術品を多数、作製した。

 

 このようにペルシアの帝国とは“寛容”を旨とし、国際性に富んだものだったのだ。

 

 この地点で、暴政一辺倒であったアッシリアより進歩している。なぜなら、ペルシア人の帝国においては、“自由”を享受できる者がより多くなったからだ。

 

 またインフラや情報網の確保に見られるように、合理的な視点による中央集権化も進化させた。

 

 こうした点は、インドや中国の王朝に見られないものである。

 

ここには明らかに、歴史的な発展がある。

 

 ではどのようにして、ペルシアはインド、中国と異なり、文明の質的内容を向上させるに至れたのか?

 

 これは地理的要因が、大きいであろう。ペルシアとインド、中国を分けるのは以下の点である。

 

 まず一点は端的に述べるならば、言語や習慣の異なる異民族がひんぱんに往来する地域に住んでいるのがペルシア。

 

 次に価値観を同じくする者同士が、完結した地にいるのが、インド、中国である。

 

 はじめにペルシアはユーラシア大陸の真中にあり、セム系、ハム系、アーリア系など、様々な民族の交通が激しい。

 

 こんな地では、王の専制による統治だけでは、国は治められない。価値観の違うもの同士が、共生するための知恵が必要とされる。

 

 よって王には、異民族の生活や習慣にいちいち干渉しない器量が求められるであろう。

 

 そうした点からペルシアでは、支配体制そのものを進化させる必然性があったのだ。

 

 一方この点について、まずインド亜大陸には、人種は基本的に支配者層のアーリア民族と非支配者層のドラヴィダ人にニ分される。

 

 しかもインドでは古代国家における形成期に、すべての国民は宗教的教義により、4 つの階級とそれ以外の者たちに大別されている。

 

 このように宗教の規範により固定化された国家体制では、社会の進展は望めないであろう。

 

 さらにインド亜大陸は、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈、スライマン山脈およびアラビア海などにより、東、北、西、南から隔絶されている。

 

 よってインドでは異民族の侵入も少ない変わりに、社会の変革もあまりなされない。

 

 次に中国であるが、こちらも住民のほとんどが漢民族である。くわえて広大な本土はほぼ平坦でありながら、周囲は高原や砂漠により囲まれている。

 

 ならば中国人にとって政治とは、自分たちを包囲する騎馬民族を排除しつつ、いかに自分たちが広範な大陸を支配するか、という点にのみしぼられる。

 

 よってこちらも、社会の基本的な原理はずっと変わらない。

ゾロアスター教の革新性

 ところでこの時代におけるペルシア民族は、〈ゾロアスター教〉という独自の宗教を編み出した。

 

 ゾロアスター教の教義とは、ほぼ以下のようなものである。

 

 ゾロアスター教はこの世界を、光の善神・アフラ・マズダと闇の邪神・アーリマンの絶え間ない闘争過程と見る。

 

 が、最終的にはアフラ・マズダの勝利が、永遠の彼方で確立されるはずである。

 

 ちなみにアフラ・マズダとは、仏教における阿修羅である。

 

 アフラ・マズダのにあやかり、ゾロアスター教の信徒たちは“”を神聖視する。

 

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ゾロアスター教の儀式

 

 ゾロアスター教は実在が不明の人物、ザラスシュトラによりアケメネス朝時代に創始され、『アヴェスター』という聖典をもつ。

 

 ゾロアスター教はササン朝時代には国教とされた、ペルシア人の民族宗教である。

 

 このゾロアスター教が歴史的に重要な意味をもつのは、この宗教が後の世界宗教、キリスト教イスラム教の先達的存在だからである。

 

 それは、以下の点においてである。まず主神がかぎりなく一神に近いニ神教である点。またすべての信者を、基本的に神の前に平等と考えるところなどだ。

 

 ゾロアスター教は、おそらく紀元前 6 世紀ごろ、おなじペルシアの民族宗教・ミトラ教がより体系化され、完成したものと思われる。

 

 端的に述べるならば、ミトラ教が帝国支配の宗教として、造りかえられたのが、ゾロアスター教である。

 

 そうしたわけでゾロアスター教は民族宗教のワクを超え、世界宗教の域に近づいたのである。

 

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ゾロアスター教のシンボル

 

 ちなみにゾロアスター教は、他の一神教、ユダヤ教やキリスト教、およびイスラム教の形成にあたり。影響をあたえたのだろうか?

 

 結論から述べるならば、ある程度の感化はあったと思われる。

 

 というのは、まず前述した 3 つの一神教はすべて、ユダヤ教をルーツにしているからである。

 

ヘブライ人(古代のユダヤ人)たちは、紀元前 597 年に新バビロニアに国を攻め滅ぼされ、バビロンに連行された。

 

 これを「バビロン捕囚」という。

 

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バビロン捕囚 

 

 その後、紀元前 539 年に新バビロニアはアケメネス朝ペルシアに倒され、ヘブライ人たちはアケメネス朝により帰国を許された。

 

 しかしその際、バビロンに長くとどまった後、故国エルサレムに帰ったヘブライ人たちも多くいた。

 

こうした者たちが、ペルシアの宗教・ゾロアスター教に感化された可能性は、おおいにあるからである。

 

 さらにユダヤ教の聖典・『旧約聖書』がはじめて本格的に編纂されたのは、その時期である。

 

 当時におけるゾロアスター教の教えが、『旧約聖書』に入りこんでも不思議ではない。 

 

 また、ゾロアスター教とユダヤ教には、「光の崇拝」、「最後の審判」、「天国と地獄」、「死者の復活」など、共通する概念が非常に多い。

 

 このように後の世界宗教における起点となった可能性が強い点が、ゾロアスター教の歴史的意義である。

古代ペルシアの歴史的位置づけ

 またゾロアスター教同様、古代のペルシア帝国が歴史上おいてはたした役割は、「世界国家」の原型となった点である。

 

 古代における、多民族からなる本格的な国際国家といえば、言うまでもなくローマ帝国だ。

 

 しかしアケメネス朝ペルシアは、ローマ帝国以前に、民族国家でありながら多民族が共生できる国家モデルを提示したといえる。

 

 それは海上貿易からなる経済体制、国内における通貨の統合、道路の整備、情報伝達手段の確立などである。

 

 またこの点こそは、人類が“民族”というワクを超え、戦争や支配ではなく、共存を始めた原点ともいえよう。

付記 パルティア帝国について

 これは国民の多くが、遊牧民だからであろうか。

 

 ササン朝ペルシャ以前に存在した〈パルティア帝国(前248〜後224)〉は、その実力も影響力も、異常なほど過小評価されている。

 

 パルティアは多くの遊牧民族からなる多民族国家であり、全盛期のローマ帝国に隣接していた。

 

 そしてパルティアはつねに、ローマと互角の闘争を繰り広げていた。

 

 たとえばパルティアは、ローマの有名な将軍、クラッスス親子を紀元前 53 年に敗死させている。

 

 のみならず、これもエジプトの女王、クレオパトラとの恋で知られる武将、アントニウスの大軍団も、紀元前 36 年に撃退している。

 

 ローマ帝国が西進できなかったのは、まさにパルティアがとなりに存在していたからである。

 

 またその領土は、最大時には西アジア全域を覆うほどのものであった。

 

 当然に、ユーラシアの東西交流においてもっとも重要な幹線、〈草原の道〉も押さえている。

 

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パルティア帝国とその周辺

 

さらにローマにおいて、キリスト教形成に大いなる影響をあたえた〈ミトラ教〉は、パルティアの騎馬民族たちに信仰されていたものでありる。

 

 そうしてミトラ教は、パルティアからローマへと伝えられた。

 

 

 以上の事実から言えることは、次の 2 点である。

 

1.マケドニアのアレクサンダー大王が構築しようとした、多民族ならなる世界帝国は、ローマと同時期に、すでにパルティアにおいても実現されていた。

 

2.またその時代が、500 年近くも維持されていた。

 

 アジアの西端において、そのような帝国がその時代のその地域に存在したのは、脅威である。

 

 なぜなら文明の先進地域が時代とともに、(中国) インド→パルティア→ローマと、西へ向かっていくのが見えるからである

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管理人 水無川 流也