「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

Kキリスト教の本質を、律法と異邦人へのあつかいから見る Kキリスト教の本質を、律法と異邦人へのあつかいから見る

なぜキリスト教は、異邦人を受け入れるのか

 さて、キリスト教と、その母胎であるユダヤ教を比較した場合、前者は世界宗教、後者は民族宗教ということになる。

 

 キリスト教はあらゆる民族を受け入れるが、ユダヤ教はユダヤ人だけのものである。

 

 正確に言えば、ユダヤ教に改宗さえすれば、だれでもユダヤ人になれるが、ユダヤ教が民族宗教であることには、違いない。

 

 ではその差異は、何にもとづくのであろう?

 

 それはまず、『旧約聖書』の流れを読めばわかる。

 

 『旧約聖書』を構成する書物は計 39 編あるが、実際に書かれた年代順に並んでいるわけではない。編集されたのは、後代のことである。

 

 だが旧約聖書があつかっている時代は、ヘブライ人(=古代のユダヤ人)がエジプトから逃亡した時期(『出エジプト記』に記載されている)から推測すると、紀元前 1500 〜 紀元前 100 の、1400 年ほどである。

 

 その 1400 年のあいだに、ユダヤ人たちの信仰は一枚岩であったわけではない

 

 というより、旧約聖書全般に流れるトーンは、以下のようなものである。

 

 ユダヤ人のなかに唯一神ヤハウェを信じない者たちが現れ、するとヤハウェや預言者たちは彼らを罰せようとする。これのくり返しである。

 

 実際にその時代においては、ユダヤ人は周辺諸国に脅かされたり、国を滅ぼされ、敵地に連行されたりと(バビロン捕囚)、受難の時期である。

 

彼らが自身の神を信じられなくなったり、また他国の神々に信心を寄せても、不思議ではない。

 

 旧約聖書』は、後の書物になるほどそうしたユダヤ民族を見限り、かわりに異邦人を受容してもいいという論調が濃くなる。

 

 この現象を歴史的事実から見ると、以下のような出来事があったと思われる。

 

 バビロン捕囚によってアッシリアに連行されたユダヤ人たちは、当地で信仰されていたゾロアスター教やミトラ教に影響されたのだ。

 

 〈メシア思想〉とは、初期のユダヤ教には、あまり見られない。これはミトラ教、およびミトラ教を政治的に改変したゾロアスター教に目立つ思想である。

 

 そもそも、ヘブライ語の〈メシア〉=ギリシャ語の〈キリスト〉とは、ミトラ教の主神、〈ミトラ〉そのものである。

 

 ならばイエスやパウロの視点からは、旧約聖書における一連の流れは、自分たちが異邦人に教えを広めるための伏線、とも解釈できる。

 

 ヤハウェが他民族にじょじょに心を許してきた。だからついに自分の時代になって、自分が異邦人に対し、布教することが許されたのだと考えることが可能である

 

 また実際、イエスやパウロは他国人への伝道については、旧約聖書の文言を引いて、正当化している。

 

 これが、キリスト教が世界宗教になりえた要因のひとつである。

イエスをホメ殺すパウロ

 さて、キリスト教の国際化といえばもう一点、述べることがある。

 

 それはパウロが『新約聖書』内で、しきりにイエスをキリスト(救世主)として、もち上げていることである。

 

 たしかにイエスは『新約聖書』を読むかぎり、「自分がメシア(=ヘブライ語でキリスト)である」と自覚している箇所はある(『マルコ福音書』第 8 章)。

 

 しかしながらイエスの概念における〈メシア〉とは、「ユダヤ人のための王」という意味合いでしかない。

 

 イエスは決して、「自分は、全人類の救世主」と自称したわけではないのである。

 

その証拠として、『マルコの福音書』第 7 章 24 〜 30 節までのエピソードがある。

 

 イエスに悪霊を追いはらう能力があることを知った異邦人(ギリシャ人)の女性がイエスに懇願した。「どうか自分の娘についた悪霊を、退治してください」と。

 

結局、イエスは女性の言うとおりにしてやるのだが、イエスははじめ、彼女が異邦人だったので、彼女の頼みを断っている。。

 

 また後の話になるが、イエスがなぜ、十字架刑を甘受したのか、ここでは本題でないので述べない。

 

 しかしパウロは、しきりにイエスを「全人類の罪を、潔白の身でありながら十字架上で引き受けてくださった」と、おだて上げている(『コリント人への第一の手紙』1 章 18 節 等)。

 

 これによりキリスト教徒は、アダムの犯した原罪から解放され、その後は個々の自由意思により、行動すればいい

 

 それにより、〈最後の審判〉後の運命も決まるだろうという意味になる。

 

 このようにパウロは、ある意味でイエスを、実際以上の存在として崇拝している。

 

 そしてこのことは逆に、イエスにキリスト教徒たちの全責任を押しつけているとも言える。

 

古代であろうと近代であろうと、キリスト教とは、「華麗なるホメ殺し」の宗教と言って差しつかえない。

 

なぜならキリスト教徒は、それによりすべては偉大なるキリストに運命を委ねたから、地上における自分は、自由行動が許されると解釈するからである。

 

 またキリスト教徒は、他のどんな宗教にも見られないほど“”を至高の存在とする。 

 

 だからこそ、その“神”に全責任を丸投げすることができる。

 

 また逆説的に、“”がそれだけ崇高な存在だからこそ、人間は地上で宗教的な戒律にわずらわされなくてすむとも言える

 

 なぜなら、“”は偉大な存在だから、小さな人間の細かいしきたりになど、関与しないと受けとることが可能になるからである。

“律法”からの解放

 キリスト教とその母胎であるユダヤ教の根源的な差異とは、その信心の基盤が“信仰”であるか、“律法”であるかである。

 

 “律法”とは、人間の現実的な行動を規定した、宗教的な掟である。

 

 たとえば、「祈りはどのようにせよ」、「◯◯は食べてもいいが、××は食うな」、といったものである。

 

 まずユダヤ教では、この律法が信者に細かく課せられている。

 

その理由は、ユダヤ人とは元は砂漠の遊牧民だったからである。遊牧生活における細部にわたる生活様式が、宗教的規範にまで高まったのが“律法”である。

 

 多民族が行き交う土地で、遊牧民として生きていくには、細やかで厳密なルールが必要であっただろう。

 

 また『旧約聖書』に登場する「神=ヤハウェ」は、激烈な性格である。短気で嫉妬深く、専制的だ。いうなれば、家父長制的家族におけるカミナリ・オヤジである。

 

 だがこの点も、ヤハウェの気質とは、太古におけるユダヤ人(=ヘブライ人)の族長たちが共通してもっていた性格を一般化ものと思えばいい。

 

 そんな厳しい土地で、弱小民族であるヘブライ人たちを統率し、生き残るには、そんな族長たちでなければ勤まらなかったであろう。

 

ならば元来はユダヤ教の一派にすぎないキリスト教が、普遍的な世界宗教になるには、そんな“律法”や“”は邪魔である。

 

 ここで一般の定住民が受け入れられる規律と、神の性格が必要とされた。

 

 パウロはこの点を、みごとにクリアした。

 

 パウロ曰く。イエスでさえ「律法のための人間ではなく、人間のための律法」と言った(『マルコの福音書 第 2 章 23〜28 節』)。

 

 ならば重要なのは、律法に固執することではなく、心からの信心、すなわち“信仰”ではないか。

 

 こうした論理により、パウロは律法を骨抜きにすることに成功した。

 

 また“神”の性格も、イエスが神を「アパ(おとうちゃん)」と呼んでいたことを利用し、優しいものに変えることができた。

 

 

 これで、完璧である。

 

やや意地の悪い言い方をすれば、パウロはイエスやヤハウェを「ホメ殺す」ことにより、原始キリスト教団を乗っ取ったのである。

 

 だが念のために述べておくと、イエスにしろパウロにしろペテロにしろ、決して我欲により行動したわけではない。

 

 むしろ強すぎる彼らの“信仰心”が、そうした結果を生んだというだけである。

 

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管理人 水無川 流也