「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか

カトリック国の没落と、プロテスタント国家の隆盛

 近世の初頭におけるヨーロッパを牽引していたのは、ポルトガル・スペインといったカトリック国家である。

 

 しかし16 世紀後半より、オランダやイギリスといったプロテスタント諸国が隆盛してくると、それに反比例するように、カトリック国は没落していった

 

 ではまずはじめに、なぜポルトガル、スペインというカトリック国は衰退したのか?

 

 その理由については、ポルトガルにかんしては、「B西洋が大航海時代に入った究極要因−寒冷化、肉食、香辛料」の最終章、「ポルトガル衰退の理由」を、スペインについては、「B「日の沈まぬ国」スペインの、繁栄と没落の原因は同一」のページ全体を参考にしていただきたい。

 

 端的に述べるならば、まずポルトガル、スペイン両国とも、〈近世〉に入った時点では、〈中世〉を脱したばかりの国家体制であった。

 

 そして当初は、国家事業規模でおこなわれた海外進出運動は、順調に運んだ。

 

 しかしポルトガル・スペイン両者とも、その国家の内実はまだ〈中世的〉であったため国内および、膨大な海外領土を統治しきれなかったのだ。

 

 さらにポルトガル、スペインというカトリック国に替わり、オランダ、イギリスという新教(プロテスタント)国家が台頭してきた。

 

 この両国とも、国内統治のイデオロギー、政治・経済体制が〈近世〉に適したものであったため、近世においては、ヨーロッパの中心となっていったのである。

 

 その過程を、下に述べる。

オランダの独立と、イギリスの海外進出 概要

 ネーデルランド(オランダには、カルヴァン派によるプロテスタントの教義が浸透していたため当地は商業が盛んとなった

 

 だがネーデルランドは、前のページ「B「日の沈まぬ国」スペインの、繁栄と没落の原因は同一」「B「日の沈まぬ国」スペインの、繁栄と没落の原因は同一」で述べたように、〈ハプスブルク家〉の支配下にあった

 

 ハプスブルク家は、スペインの王侯貴族を輩出する名家だったため、当初ネーデルランドは、スペインに統治されていた

 

 そこでスペインの全盛期に君臨した、フェリペ 2 世は、ネーデルランドに対し、カトリック政策と、さらなる支配政策を強要してきた。

 

 しかしネーデルランド北部 7 州はこれに対し、1579 年オラニエ公ウィレム(オレンジ公ウィリアム)のもとにユトレヒト同盟を結び、対抗した。

 

その結果、ネーデルランドは、1581 年には〈ネーデルランド連邦共和国〉として、独立を宣言した。

 

Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか
ネーデルランド連邦共和国
借用元 http://blog.goo.ne.jp/daimajin-b/e/e5858986e91c38bb51c25958575ea7ff

 

商業が発達したオランダを失ったことは、スペインにとって打撃であった。

 

 しかしスペインはさらに、オランダを支援したイギリスをも、〈無敵艦隊〉をもって襲ったがこちらでも敗れた

 

Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか
イギリス海軍に打ち破られる、スペイン無敵艦隊
借用元 http://blog.goo.ne.jp/daimajin-b/e/fc91b6dbea5c15384680c1be7a0ca4bf

 

 一方オランダは、商業によりますます栄え、1602 年に〈東インド会社〉を設立し、さらに1609 年、スペインの休戦により、事実上の独立を獲得した

 

Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか
オランダ、東インド会社
借用元 http://travel-photo.seesaa.net/article/121165927.html

 

 以後、オランダのアムステルダムは、ヨーロッパにおける商業の中心地となり17 世紀前半には、オランダは最盛期をむかえた

 

 またイギリスであるが、こちらは王権が強かったが同時に議会も発達していた

 

 イギリスにおいて宗教改革は議会の承認により、成立したのである。

 

 そして議会を占めていたのは、〈ジェントリ〉と呼ばれる、大地主だった。

 

 イギリスは女王エリザベス 1 世のもと、16 世紀後半には、国王を頂点とする国民意識が形成された

 

 くわえてイギリスはエリザベス 1 世のもと、積極的に海外遠征をおこない、1600 年には〈東インド会社〉を設立した。

 

Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか
イギリス・ロンドンにおける、東インド会社
借用元 http://web.joumon.jp.net/blog/2007/09/316.html

 

 ここからイギリスは、連邦制であるオランダよりも強固な中央集権体制を構築したことになる。

オランダの繁栄がもつ意味

 ではこうして、オランダがスペインより独立を果たし、隆盛をきわめたことには、どうした歴史的意義があるのだろうか?

 

 それはまず、なんといっても、近代史上初の「ブルジョワジー主体の国家」が成立したということである。

 

 〈ブルジョワジー〉とは一般に、商業を営む市民階級を指す。

 

 ヨーロッパとは中世をつうじ後進地域であり、また農業が主力産業であった。

 

 そのヨーロッパにおいて、〈ブルジョワジーが主流を占める国家が興った意味は、大きい。

 

 というのは、近代ブルジョワとは、“商業”のみならず、“金融”もおこなうからである。

 

 まずヨーロッパが「暗黒の時代」であった中世において、世界の主役だったのは、イスラム勢力である。

 

 そうしてイスラム教徒たちの富の源泉は、“商業”であった。

 

 ところがイスラム教においては、教祖ムハマンドが、“商業”は許しても、“金貸し”、“利殖”等の〈金融活動〉は禁じた。

 

 よって当然、イスラム国家からは、“金融”を前提とする〈資本主義〉が生まれようもなかった。

 

 その点から、オランダが近世において出現した意義は大きい。

 

 というのは、この事実は後世に対し、経済、政治 2 点重要な原点となっているからである。

 

 まず経済上においては、言うまでもなくオランダの登場以降資本主義〉というシステムがヨーロッパ、および世界で普遍的なものとなったこと。

 

 もう 1 点が、後に“”を介さず“市民”が直接に政治の主役となる〈議会制民主主義〉の発生を刺激したことだ。

 

 これにより、カトリックの国々は衰退していきプロテスタントの論理が、〈近代〉という時代の基盤的な原理となるのである。

 

 またスペインとは、〈レコンキスタ〉という、イスラム勢力からの国土回復運動によるエネルギーで、世界を制した国だ。

 

 くわえてスペインは、今度は自らがオランダ、イギリスを抑圧した。

 

 ところが皮肉なことに、スペインは今度はその圧迫を跳ね返すチカラでもってオランダ、イギリスに自分が追い抜かれることとなったのである。

なぜイギリスは早期に、強力な議会と中央集権王制を確立できたのか

 さて、次にイギリスである。

 

 なぜイギリスは上記のように、強い議会と、王を頂点とする中央集権的な権力機構を築けたのであろうか?

 

 この点はまず、「E英仏百年戦争と、議会の成立-王権の強化を生む」のページを参考にしていただきたい。

 

 イギリスはどの国よりも早く議会と王権の形成がおこなわれたのだ。

 

 その原因は、〈ノルマン・コンクエスト〉や、〈英仏百年戦争〉の結果である。

 

 したがって近世初期のイギリスでは、機会さえあれば近代的なブルジョジーや王権が生まれる基盤は、すでに存在していたのだ。

 

 そうした状況にあり、ヨーロッパで〈宗教改革〉が起こると、イギリスは早期に〈カルヴァン派〉の教義を受け入れた。

 

 カルヴァン派の主張における本質とは、どういうものか?

 

 これは、「Aプロテスタントの影響と西洋諸国-神秘性と現実主義が混在」のページにおける、とくに「〈予定説〉のもつ意味」の章を、注意して読んでいただきたい。

 

 また面倒ではあるが、イギリス人のもつ性格については、「Eバラ戦争が決定づけた、イングランドとスコットランド」のページを参考にされたい。

 

 〈イギリス人〉とは、ロマン主義的性質とともに、現実主義的傾向を矛盾なく併せもった人種である。

 

 よってそのイギリス人が、新教(プロテスタンティズム)を受け入れるにあたっては、じつに実用本位なあり方でなされた。

 

 まず政治上においては、国王ヘンリー 8 世が、離婚問題を解決するためカトリックからプロテスタントへと改宗した。

 

 くわえて経済の点では、イギリスのブルジョワジーは、カルヴァン派の教えを受容することによって商業上の免罪符としたのである。

 

 つまり元来的には、キリスト教においては、“離婚”や“金儲け”は禁じられている。

 

 ところが、イギリス人は新教へと改宗することによりキリスト教徒でありながらも、離婚も金儲けも可能になるようにしたのだ。

 

 イギリス人にとっては、「16 世紀における、〈イギリス国教会〉の確立」とは、政治、経済、社会において、近代的な制度をつくるための理論武装をしたことを意味する。

 

 こうしてイギリスでは後の、〈ピューリタン革命〉、〈産業革命〉、「帝国主義時代において、世界の覇者となること」の条件が整ったのである。

 

 まただからこそイギリスは、近代後期において、7 つの海を支配する〈大英帝国〉となれたのだ。

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管理人 水無川 流也