「何が」ではなく「なぜ」を、「歴史用語の多さ」ではなく「その関係性」を大切に。

A“信仰”とは、西洋近現代における最強の〈免罪符〉である A“信仰”とは、西洋近現代における最強の〈免罪符〉である

〈宗教改革〉の成り行き

 このページは、前のページ、「A宗教改革の原因、経緯と、その結果との信じがたい隔たり」の続編である。

 

 当該ページにおいて述べたことは、以下の点である。

 

 まず〈宗教改革〉とは、16 世紀初頭にドイツの神学者マルティン・ルターのローマ教皇庁批判より、始まったものである。

 

 当時のカトリック(ローマ教皇)は、おもに神聖ローマ帝国(現在のドイツ)のおいて、(〈免罪符〉=贖宥状)を販売することにより、利益を得ていた。

 

 カトリックの主張によると、キリスト教徒は〈免罪符〉を購買するなどの“善行”を積めば、過去の罪科は贖われるとされた。

 

 これに対し、ルターは異議を唱えた。

 

 そもそもキリスト教において、もっとも重要なものは『(新約)聖書』にもとづく“信仰”であるはずだ、と。

 

 真の救済を求めるならば、キリスト教徒は“信仰”と『聖書』に還るべきだ、とルターは述べた。

 

 ルターの主張はやがてドイツ、およびヨーロッパ全体に拡がっていった。

 

 そしてヨーロッパはついに、〈旧教派=カトリック〉と〈新教派=プロテスタント〉に二分されるようになった。

 

 はじめはヨーロッパにおいては、カトリック勢力が優勢であったが、やがてプロテスタント勢力がカトリックをしのぐようになった

 

 そうして〈近代〉という時代は、プロテスタントの論理によって規定されるようになったのである。

何から何まで、『聖書』と“信仰”に反する、西洋近現代

 こうして、プロテスタントの原理に支配されることとなった近現代のヨーロッパと世界だが、ここでじつに奇妙な現実が現れた。

 

 それは、プロテスタントの教えをもとに築かれた文物が、すべてにおいて、『新約聖書』の教義と、その信仰形態とに対し、正反対のあり方を呈しているのである。

 

 これは政治、経済、社会体制等、すべての点において当てはまる

 

 まずフランス革命において現実化された〈近代民主制〉とは、あくまで“人民”が地上の国家を運営するという論理により、貫かれている。

 

 これは元来的なキリスト教における国家観とは真逆なものである。

 

 なぜなら『新約聖書』に記された“”とは、絶対的に「神の国」のみを指し、これは天国において、イエス・キリストと“”によって、営まれるもののはずだ。

 

 またキリスト教では、富の私有化が厳しく禁じられている。

 

 にもかかわらず、〈近代社会〉は、個人が無限の富を獲得することを肯定する、〈資本主義〉を生んだ。

 

 くわえて『新約聖書』においては、〈隣人愛〉こそが、もっとも基底的でかつ、至上の命題であるはずである。

 

 しかし近現代の西洋人たちは、海外の土地を植民地化し、その過程で原住民たちを虐殺、奴隷化している。

 

 さらに近現代ほど、“革命”や“戦争”等により、人命や財産が失われた時代は、他にはない。

 

 つまりは、近現代においてヨーロッパや世界で起こった事象はほぼすべてがルターの主張とは、正反対のものばかりなのである。

 

 世界は全体にわたり、プロテスタントの勢力や原理が支配するところになったのに、である。

 

 こうした現実を、どのように理解したらいいのであろうか?

“信仰”とは、他人の目には、映らないものである

 この問題を解決するにあたり、まず把握すべきは、“信仰”とは、どういう行為かを、ただしく理解することである。

 

 それはまず第一に、アタマのなかで「神の存在を、観念的に認めることであり、この点が“行動”とは正反対である。

 

 たとえば「行動すること」を「信心の証」とする、代表的な教えは、イスラム教である。

 

 イスラム教においては、“公”であろうが“私”であろうが、信者の生活はすべて〈戒律〉という、教義上の決まりとして、規定されている。

 

 たとえば、食にかんしては、豚肉を食べてはいけない、政治については、聖典『コーラン』に書かれたとおりの形式でおこなえ、といったようにである。

 

 ならば個人が、そのようなイスラム教の教えを忠実に守っているかどうかは、他人から見れば、一目瞭然である。

 

 たとえばだれかがこっそりと、豚肉を口にしているのを目撃されたら、彼は「不信心者」と、とらえられるであろう。

 

 よって、“行動”が「“信心”を表明する手段」であるならば、そこに逃げ道はない

 

 信者たちは、たとえ望まなくとも、〈戒律〉どおりの行動をなさねば、「不信心者」のレッテルを貼られることとなる。

 

 ところで翻って、“信仰”の場合はどうか?

 

 これはココロのなかで、抽象的におこなわれる行為である。

 

 よって他人から見れば、その人が「神への“信仰”」を忠実にもっているかどうかなどわかりようがない

 

 ならば極端に言ってしまえば、「信じているフリ」さえしていれば、たとえ「神を信仰していなくても」他人にはバレないのである。

 

 キリスト教においては、個人が“信仰”を表明するのは、せいぜいが朝晩の祈りや、日曜日の教会においてのみである。

 

A“信仰”とは、西洋近現代における最強の〈免罪符〉である
キリスト教における“礼拝”
借用元 http://dosokai.rikkyojogakuin.ac.jp/activity/2014_christmas.html

 

イスラム教のように、1 日 5 回の礼拝を強要される、ということはありえない。

 

 したがってそれならば、キリスト教徒はたとえ〈不信心〉であっても、他人をだますことはできるし場合によっては「自分のココロ」さえも欺けることとなる。

 

 つまりキリスト教の信者は、本心では“神”を信じていなくても、「信じているフリ」を押し通すことが可能なのである。

 

 さらにルターは、「大切なのは、“行動”ではなく“信仰”」と主張している。

 

 それならば、「信仰している自分」さえ外部にアピールできれば信者の“行動”が多少は『聖書』から外れていても、大丈夫である。

 

 なぜなら彼は、それによってたしかに“信仰”をもっていると、見なされているのだから。

これを、会社に例えたら

 これによりキリスト者は、たとえ“教義”と“行動”のあいだに隔たりがあろうとも、問題はない、ということになる。

 

 まずルターや、ルターの説を継承した神学者・カルヴァンなどは、カトリック以上に“”を高いところにもち上げた

 

 そこから、“神”とは人智のおよばぬ高みに存在するためわれわれ人間は、その“神”のあり方を、ただしく認識することはできない

 

 また“神”はそれほど偉大で絶対的存在なのだから人間が地上でおこなう瑣末な“行動”などは、気にかけないだろう、とした。

 

 このような認識のもとで始まった社会が、〈西洋近現代〉なのである。

 

 では、そうした西洋近現代社会のあり方を、〈会社〉にたとえるなら、どういうことが起こったことになるのか、例示する。

 

 まずここに、ある中小企業の創業者であり、カリスマ性はあるのだが、ひんぱんにカミナリを落とす、おっかない社長がいるとする。

 

 その会社の社員はみな優秀なのだが、この社長が恐ろしいため、すっかり萎縮してしまい、会社の売上げはまったく伸びない。

 

 なにしろこの社長は、社員の一挙手一投足にまで口を出し、社員が少しでも間違ったり、口ごたえしようものなら、激怒するからである。

 

 そこで、この状況を見かねた会社の役員たちは、ある計画を立てた。

 

 それはこの社長を、「社長」から「名誉会長」へと「昇進させること」である。

 

 この場合、名誉会長職とは、役職上は社長よりも上であるが、現場への影響力がまったくない、文字通りの「名誉職」である。

 

 役員たちは、さんざんおだてながら、このやっかいな社長を名誉会長」に就任させることに成功した

 

 これにより、社長からの圧力から開放された社員たちはいきいき、伸び伸びと仕事ができるようになった

 

 おかげでその会社は、またたく間に大躍進をとげ国際的大企業へと成長した

 

 この場合、もちろん“”は社長であり、“役員”は神学者たち、そして“社員”は近現代の西洋人を指す。

人類史上最大の皮肉 “信仰”はついには、〈免罪符〉そのものになる

 さて、このようにして「神の脅威」から自由になれ、飛躍をとげた西洋人であるが、まだ謎が残る。

 

 それは、彼らが上述したような論理でキリスト教の教義から自由になれてもなぜ彼らが『聖書』の教えとは正反対の行為をなし、制度をつくれたか、である。

 

 ここはまず、解答から述べる。

 

 それは、彼らを中世的な価値観から解放した“信仰”が、じつに「近現代における〈免罪符〉そのもの」と化したからである。

 

 つまり、近現代における西洋人のココロのなかにおいて、以下のような論理の転換がなされたのだ。

 

 

「まず私は、“信仰”をもっている。このことは、“”に誓って真実である。よってこの時点で、私の死後における天国行きは、約束されたしたがって私は、この世でなにをしても赦される

 

 

 まず〈近代〉という時代は、ルターによる教会の「〈免罪符〉の販売」批判から始まった。

 

 その〈免罪符〉に替わり得る、キリスト教徒の信心における拠りどころとして、ルターは“信仰”を設定した。

 

 ところが皮肉なことに、この“信仰”自体が近現代におけるキリスト者の〈免罪符〉そのものと化したのだ。

 

 これはまさに、人類史上最大の皮肉である。

 

 だがこれにより、文字通り「良くも悪くも」、西洋人は万物を中世の抑圧から解き放ったのである。

 

 まず「良い点」としては、政治、経済、社会、科学、文化などの制度を、すべて〈近代化〉しわれわれの住む世界に定着させたことが挙げられる。

 

 次に「悪い点」としては、もちろんその過程において、戦争、革命、他国の植民地化等をなし多くの血を流し、旧い文物を破壊しつくしたことを指す。

「宗教改革後」の世界 総括

 だが一般に、“発展”にはかならず“犠牲”がともなうものである。

 

 したがって、もしかしたら数百年後の世界においては、近現代における西洋人の蛮行は、「必要悪だった」と見なされる可能性もある。

 

 だがそれにしたところで、「条件つき」のものであろう。

 

 なぜなら近現代の西洋人は、社会発展に必要以上な“”をなしたのは、事実だからだ。

 

 ともかくも、この点は「@ルネサンスの本質とは、人類の思春期、性と理性の開花」のページにおける最終章、「ルネサンスに見る、「性の目覚め」」で、簡単に述べた。

 

 まず〈人類〉は、誕生したときから、共同体維持のため、“”という〈代理親〉をもたざるを得なかった

 

 通常の家庭であるならば、子は成長にしたがい、“”をひとりの普通の大人」と認識しそこから自立していくことが可能である。

 

 ところが〈人類〉は、“”を絶対的な支配者として設定せざるを得なかったのでここから時間の経過により、「自然と独立すること」は不可能である。

 

 したがって人類は、上に見たような、じつに入り組んで屈折したかたちでなければ“神”からの自立」はできない存在なのだ。

 

 こうして西洋人、および人類は、その後の歴史において”を至上の高みに挙げることで逆にその影響力を事実上、無効化させた

 

 そして「こっそりと」、自分たちがその「神の座」に座ることにより社会や自然の支配」を、近現代をつうじて、成し遂げていくのである。

 

 その過程については、今後のページでくわしく述べていく。

関連ページ

@ルネサンスの本質とは、人類の思春期、性と理性の開花
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@ルネサンス美術-絵画・彫刻に現れる、立体性というエロス
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@ルネサンス文学-小説の誕生と、自我で行動する主人公たち
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
@ルネサンス科学を経て、相対的な認識が可能となった人類
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
A宗教改革の原因、経緯と、その結果との信じがたい隔たり
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Aプロテスタントの影響と西洋諸国-神秘性と現実主義が混在
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
A対抗宗教改革で現出した、カトリックとラテン民族の本質
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Bレコンキスタ-大航海時代に内部爆発する、西洋世界の原点
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
B西洋が大航海時代に入った究極要因−寒冷化、肉食、香辛料
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
B西洋人の近世における征服・植民活動は、なぜ成功したのか
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
B「世界の一体化」-大航海時代の結果がもたらしたものは?
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
B「日の沈まぬ国」スペインの、繁栄と没落の原因は同一
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Bオランダの独立とイギリスの進出-なぜ新教時代は花開いたか
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Bなぜ近世にプロテスタントはカトリックを、逆転できたのか
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
しばらく休止
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。
重要なお知らせ
複雑で難解と思われる世界史を、88の事象に分類し、その出来事を示す格言・名言により説明します。内容は本質的でありながら、たいへんにわかりやすいです。日本史をふくめた全世界史を、哲学的方法論でもってひとつにまとめています。

管理人 水無川 流也