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Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出 Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出

○古い帝国の死亡証明書(神聖ローマ帝国の死亡診断書)―ウェストファリア条約

主権国家の形成と、中世体制の消滅

 ヨーロッパ諸国は、中世末期から近世にかけ戦争をとおして〈主権国家〉を現実化させるとともに中世的な国家体制や価値観を消滅させた

 

 ここでいう〈主権国家〉とは、ほぼ以下のようなものである。

 

 一国が確固とした国土と国民を有し、そのなかで国家の運営や国民の統制は、それぞれの国が、自身の責任でおこなう。
および、そうした複数の主権国家間における利害の調整や協調は、国際会議や、戦争をふくめた外交でもって解決する。

 

 こうした国家のあり方は現在まで普遍的な制度として、続いている

 

 まず、このような主権国家のかたちがはっきりと形成されたのは、ヨーロッパの近世においてである。

 

 ところで西洋人は、そうした主権国家を、15 世紀から 17 世紀にかけおもに戦争と内紛をつうじて経験的に造っていった

 

 その端緒となるのがイタリア戦争〉であり、最後の大戦が〈三十年戦争〉である。

 

 ではなぜ、〈主権国家〉の形成は、戦争や内紛を経なければならなかったのか?

 

 それはまさに、当時におけるヨーロッパの国々のあいだで、宗教や経済をめぐり、激しい競争が展開されていたからである。

 

 自国が生き残るには、あるいは自国が他国に征服されないようにするには、どうしても国家体制を整備する必要があった。

 

 その過程において、いやおうなく社会体制は刷新されざるを得なかったし、また同時に、旧い制度は廃棄されなければ、ならなかった。

 

 そうしたわけで西洋人は、“戦争”という破壊行為を経て〈近世・近代的国家〉=〈主権国家〉というものを創造していったのである。

 

 また〈中世〉における国家とは、「国ではなく、領域を」、「国民ではなく、領域民を」問題にするものなのであった。

 

 これは、中世に全盛を誇ったイスラム教の超大国、アッバース朝や、中国の大唐帝国を見れば、すぐに理解できる。

 

 またこの点から述べると、〈近世・近代国家〉とは、〈中世国家〉と対極にあるものだということが、わかる。

 

 このページでは、〈主権国家〉形成のきっかけとなった、〈イタリア戦争〉について述べる。

イタリア戦争 概要

 15 世紀末からのヨーロッパには、複数の火種が存在した。

 

 それはアメリカ大陸やアジアなどへの、海外進出をかけた国家観の競争や、新教(プロテスタント)と、旧教(カトリック)をめぐる争いなどである。

 

 そうした国家間における、最初の武力衝突の場となったのがイタリアである

 

 当時のイタリアは複数の小国に分かれており、なお教皇領が存在した。

 

Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出
15 世紀のイタリア
借用元 https://kotobank.jp/word/イタリア史-31178

 

 1494 年、フランス王がイタリアに侵入すると、神聖ローマ皇帝がこれに敵対し、〈イタリア戦争〉が発生した。

 

 イタリア戦争は、基本的にはフランスの王位継承に強い権限をもつヴァロワ家と、同様に、神聖ローマ帝国の皇帝位をもつハプスブルク家との戦いであった。

 

Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出
イタリア戦争の様子
借用元 http://manapedia.jp/text/263

 

 しかしこの戦争は、結果的にイタリアの小国家やローマ教皇、およびイギリスまで巻き込み16 世紀半ばにやっと、和平条約が成立した

 

 またイタリア戦争終結後も、ハプスブルク家とフランス王家との敵対関係は、18 世紀半ばまで、ヨーロッパにおける国家間の対立構図となった。

 

 くわえてイタリア戦争により、ローマが荒廃したためこれをもってイタリア=ルネサンスは終結した

なぜ、イタリアか? ペストと〈小氷期〉

 さてでは、なぜ、ヨーロッパにおける近世最初の国家間紛争の舞台は、イタリアだったのか?

 

 これには、複数の理由があるが、もっとも根本的な原因は、「小氷期」と呼ばれる、ヨーロッパの寒冷化が挙げられる。

 

 まずは、下のグラフを見ていただきたい。

 

 

Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出
借用元 http://ichijin.seesaa.net/article/390389887.html

 

 

 1400 年ごろから 1800 年ごろまで地球の気温はきわめて低い状態にあったことがわかる

 

 これが一般に、「小氷期」と言われる期間である。

 

 小氷期の発生とともに、ドイツやフランスの西ヨーロッパ地域、およびイギリスは農作物の不足に見舞われた

 

 またそれにともない、中世の末期には、上記地域には〈ペスト〉が蔓延し、14 世紀には人口が大激減した

 

Cイタリア戦争-争いと寒冷化をつうじ、〈主権国家〉を現出
ペストに苦しむ人々の様子
借用元 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/26384017.html

 

 これにより、そうした地域における農業生産力はおおいに減少した

 

 そのなかにありイタリアは、比較的、安定した生産力を保っていた。

 

 その理由は、まずなんといってもイタリアは温帯地域に位置するため寒冷化の被害を、それほど受けずにすんだからである。

 

 またそうした温暖な気候にあったためイタリアではペストはそれほど流行しなかった

 

 ペストとは基本的に、寒い地域のほうが、広がりやすいのである。

 

 くわえてイタリアでは、〈自由都市〉が発達していたため、市民が田園地帯を確保し豊かな農業を営んでいた

 

 さらにイタリアでは、金属加工なども盛んであり、なにより当地は、地中海貿易の中心地だったのだ。

 

 つまり当時のイタリアは、西方、北方ヨーロッパが欲しいものが、すべてそろっていたのである。

 

 そのうえその時期のイタリアでは、中央集権体制が確立されていなかったため強大な軍事力も存在しなかった

 

 これでは、他のヨーロッパ諸国に狙われるのは、当然である。

 

 そうしたわけで、イタリアは、近世最初の紛争地域となったのである。

イタリア戦争の結果と、歴史的意義

 では最後に、イタリア戦争はヨーロッパに、何をもたらしたかについて述べる。

 

 まず第 1 点は、上述したように、ヨーロッパ領域内における〈主権国家〉のあり方を、規定したことである。

 

 フランス、イギリス等の国々は、イタリア戦争を起点として近世国家〉としてのまとまりを見せるようになる

 

 これは“国王”を頂点として専制的に国を治める、〈絶対主義〉における国家のあり方である。

 

 ただしこの場合、ドイツは逆に、これにより“領主”の権限が強化されたため、一国としてのまとまりは、立ち遅れることとなった。

 

 その理由は、ドイツはイタリア戦争に、「一国として」ではなく、多くの領邦がそれぞれ参戦したからだ。

 

 そのため、それぞれの領邦を率いた領主が、権限を拡大させたのである。

 

 またもう 1 点は、ローマが破壊されたことによりイタリアが近世ヨーロッパの中心地ではなくなったことが挙げられる。

 

 まず近世ヨーロッパとはイタリア・ルネサンスより始まった

 

 そのイタリアが戦争により荒らされたため、ヨーロッパの中心地は大航海時代を成功させた、ポルトガル、スペインへと移行していったのである。

 

 またそのためイタリア自身は、近代化、国内の統一がおおきく後手にまわり、近世・近代ヨーロッパのなかでは、存在感を示せなくなっていった。

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管理人 水無川 流也